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人間の本質とこれから――分かち合うことで生まれた共感社会の未来。山極壽一先生による特別講演と対話のワークショップレポート
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- Emiko Hida
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オムロン フィールドエンジニアリング株式会社、関西電力株式会社、株式会社meguriが企画し、不定期で開催している「エネルギー勉強会」。これまでさまざまな角度から勉強会を設定してきましたが、その中で痛感しているのが「無限の成長を是とする資本主義」と、「地球上の有限な資源(エネルギー)」との間に横たわるジレンマです。
気候変動や深刻な格差など、現代の社会課題は、従来のビジネスロジックや効率性だけでは解決が困難な領域に達しています。私たちは、企業活動のOSとして強く作用する資本主義の限界を見つめ、異なった角度からのアプローチを学ぶ必要性を感じています。
人類学者・霊長類学者の山極壽一先生は、著書『共感革命』(河出新書)の中で、「人間や生物が、生きる環境と相互に影響し合い、直感を持って相互を認め合う共感力」がこれからの社会で必要だと語っています。昨今のエネルギー課題において重要な要素でもある、AIの進化により人間の仕事や生き方が大きく変革する時代において、私たちは立ち止まって「人間本来の力」を見つめ直す必要があるのではないでしょうか。
2026年1月30日に開催した勉強会では、山極先生をゲストにお招きして、人類がいかに「分かち合う共感社会」を築いてきたのかについて特別講演をしていただいた後、これからの社会について対話を重ねました。その様子をレポートします。
総合地球環境学研究所所長 山極壽一(やまぎわ・じゅいち)さん
1952年生まれ。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程退学、理学博士。京都大学総長を経て、2021年より総合地球環境学研究所所長を務める。鹿児島県屋久島で野生ニホンザル、アフリカ各地でゴリラの行動や生態をもとに初期人類の生活を復元し、人類に特有な社会特徴の由来を探っている。
人類は、「強みを拡大する」のではなく、「弱みを強みに変える」ことで進化してきた――山極壽一先生特別講演

特別講演の冒頭、山極先生はプラネタリー・バウンダリー(地球の限界)を表す9項目のうち7項目(気候変動、生物多様性の損失、土地利用の変化、淡水利用、新規化学物質、生物地球化学的循環、海洋酸性化)が限界値を超えたこと、2020年から数年間新型コロナウイルスの猛威に見舞われたこと、世界中で新たな紛争や戦争が起きていることなど、現在私たちが直面している危機を確認した上でこう話しました。
「これまで人類は科学技術によって富を増やし分配することで集団内外のコンフリクトを解消してきました。しかし、その方法は行き詰まりを見せていて、別の方法を考えなければいけない時期が来ているのだと思います。そこでもう一度、人類の歴史を振り返ってみましょう」。

700万年前、寒冷化によって熱帯雨林が縮小するなかで、サルに比べて消化能力や繁殖能力が劣っていた人類の祖先は草原へ進出し、二足歩行を獲得しました。これによって「肉食動物から襲われたとき、木に登って逃げる」ことができなくなりましたが、二足歩行には「エネルギー効率が良く遠くまで食物を集めに行ける」「自由になった手で食物を持ち、安全な場所で待つ仲間の元へ届けられる」という利点があったと言われています。
山極先生はさらに、「人類は二足歩行によって音楽的な能力を得て、共感力を培った」と考察します。立つことによって上半身と下半身を別々に動かせるようになり、踊ることができるようになった。立つことによって喉に空間ができてさまざまな音を出せるようになり、歌に近い発声が可能となった。そして、踊りや歌による身体の共鳴が心の共鳴につながり、共感する力が高まっていったのです。
「ここで大事なのは、人類が『強みを拡大する』のではなく、『弱みを強みに変える』戦略で進化してきた、ということです。弱かったからこそ協力し合って集団の力を強め、共感力を育んで社会を築いてきたのです」。
子育てにおいても「弱みを強みに変える」戦略が取られたといいます。二足歩行によって骨盤皿状になって産道が狭くなり、人類はほかの動物に比べて極めて未熟な状態で子どもを産むようになりました。ひ弱な子どもを守るために共同で保育をして協力関係を深め、「“家族”を持ちながら、複数の家族で構成された“共同体”に属する」という重層構造の社会が誕生しました。
「人類は共感力を高め相手の立場に立って物事を考えることができるようになったから、家族と共同体という相反する性質を持つ2つの集団を両立することができたのです。それによって、『自己を犠牲にしても集団のために尽くす』という精神性を手に入れて、集団を出入りすることが可能となりました。『別の場所に行った仲間が、自分たちの集団に役立つものを持ち帰ってくれるかもしれない』と信じられるようになったからです。個人が移動して集団と集団をつなげ、社会が大きくなっていきました」。

山極先生は、「人類の脳は言葉によって成長したと思っている人もいるかもしれないけれど、それは違う」と語ります。人類の脳は200万年前に大きくなりはじめ、40万年前には現在の大きさとなりました。一方、言葉が登場したのは7〜15万年前と言われています。このことから、言葉によって脳が大きくなったのではなく、脳が大きくなったから言葉を獲得できたと推測できます。
では、何が脳を大きくしたのでしょうか。イギリスの進化生物学者ロビン・ダンバーは、「霊長類の脳の大きさは、その種が形成する社会集団の大きさに適応するために進化した」という「社会脳仮説」を唱えています。集団が大きくなると仲間の数が増え、仲間同士の関係を頭に入れておく必要が出てきます。これによって人類の脳容量が増加したと考えられるのです。共感力を高めて複雑な社会を構成したことが、人類の進化につながったのですね。

ここまでの話は人類の「弱みを強みに変える」戦略についてでしたが、人類は「強みを拡大する」戦略も取っていて、山極先生はそれが大きな間違いだったと捉えています。この「強みを拡大する」戦略のひとつが農耕・牧畜です。農耕・牧畜は食料を安定させ、人類にとって大きな強みとなりましたが、一方で農耕・牧畜によって始まった定住と所有は弊害も生みました。
「人工的な環境を作って心と身体をそこに適応させることにより、人類は自分自身を家畜化していきました。動物は家畜になると脳が小さくなります。人類も二万年前に比べて脳が10%から30%縮んでいると言われていますが、食や生殖相手を自分で探すのではなく、社会システムに委ねるようになり、自分で情報を集めて考えることをしなくなったからではないでしょうか。また、定住によってトラブルが起きても逃げられなくなって社会のルールが強固なものになり、所有によって狩猟採集時代にあった分かち合う姿勢が弱まり、格差が生まれ争いに発展していきました。
農耕・牧畜によって始まった労働集約型社会はやがて産業革命につながり、人間は時間を分母にした労働力で測られるようになりました。これが管理社会の源泉です。人間はいとも簡単に操れる存在になってしまったのです」。

山極先生はトマス・ホッブズなどの発言を引用しながら、「人間は本質的に暴力的な生き物である」という西洋の近代思想に異を唱えました。
「こうした思想の中で、ゴリラもまた誤解を受けたのです。19世紀半ば、初めてゴリラに遭遇した西洋人はドラミングを攻撃の合図と思い込み、ゴリラを非常に暴力的な動物だと捉えました。そして、人間と共通の祖先を持つゴリラが暴力的なのだから、人間の本性もやはり暴力的であり、社会的なルールを細かく張り巡らせることで暴力を抑える必要があるという考えを強化したのです。
でも、その後の研究により、ドラミングには威嚇だけでなく、好奇心や喜びといった感情表出、遊びへの誘い、引き分けの宣言などさまざまな意味があることがわかりました。ゴリラは極めて平和的な生き物なのです。では、人類はどうだったのでしょうか」。
1924年、いまから200万年から300万年前に生きていたアウストラロピテクス・アフリカヌスの頭蓋骨化石を発見した人類学者のレイモンド・ダートは、「人類の祖先は武器を使って獲物だけでなく同族さえも殺害する狩人だった」と唱え、この説はやがて「人間を人間たらしめるのは狩猟である」「効率的に狩猟をするための道具作りが技術革新をもたらし、やがて戦争が始まった」という「狩猟仮説」に発展しました。この説は映画『2001年宇宙の旅』にも反映されています。
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しかし、1980年代になって、アフリカヌスの狩猟の獲物と見なされた動物の骨はヒョウやハイエナによって運び込まれたもので、アフリカヌス自身もヒョウの餌食となっていたことが判明しました。
「人類が道具を使い本格的な狩猟を始めたのは数十万年前。また、一万二千年前に農耕・牧畜が始まるまでは、集団間で争った形跡はありません。700万年に及ぶ人類の歴史を振り返ると戦争というのは非常に新しい概念なんですね。これが人間の本性であるはずがない。
ではなぜ戦争などというとんでもないものが発生したのか。それは、共感力を強めすぎたからです。定住と所有が争いを生み、共感力が育んだ内集団の強い絆は外集団に対する敵意へと転じました。そして、言葉がそれを増幅させた。『弱みを強みに変える』戦略によって育まれた共感力や言葉が、『強みを拡大する』戦略によって暴走し、分断を深めているのが現状です」。

山極先生はここで時間を確認し、「語りたいことはまだ山ほどありますが、一旦ここで区切ります」と言って、今回のテーマのひとつであるAIに触れ、話を締めくくりました。
「人間の脳においては『意識』と『知能』は分かちがたく結びついていますが、AIに意識はありません。また、本来言葉とは身体に根ざして生まれる感覚や考えをマルチモーダルに分析・拡大・体系化して、再び身体を通って外に出るものです。しかし、AIは身体や意識を持たず、文法と論理だけで言葉を操ります。その方が効率的で簡単に見えるから、人間は安易に加担してしまうきらいがあります。
人間はこれまで、自らや社会を機械化しようとしてきました。一方、AIは人間に近づこうと努力しています。機械化した人間が、人間化したAIに支配される時代が目前に迫っているのではないでしょうか。
だから、これから私たちは、命と命のつながりを正確に見据えた上で、人間の暮らしを立て直さなければいけないのではないかと思います」。
人類700万年の歴史を振り返りながら人間の本質を考察し、未来について語ってくださった山極先生に向けて、会場からは万雷の拍手が送られました。
(※なお、上記の内容は1時間半に及ぶ特別講義のほんの一部を抜粋したものであることをご留意ください)
AI時代において、人は、社会はどう変容するべきか――パネルディスカッションと対話

続いては、パネルディスカッションの時間です。登壇者は、株式会社ヒューマンルネッサンス研究所エグゼクティブ・フェローの中間真一さん、オムロン フィールドエンジニアリング株式会社執行役員の榎並顕さん、関西電力株式会社ソリューション本部リビング営業計画グループ部長の永野太郎さん、そして山極先生。モデレーターを務めるのは、関西電力株式会社イノベーション推進本部マネジャーの熊代知暢さんです。

熊代:ひとつめの問いは、「AI時代における人間の本質」です。仕事の大部分がAIに代替されていくなかで、人間は何のために、誰のために、何をすべきなのか。これについて、SINIC理論の観点から中間さんにお話いただければと思います。
中間:SINIC理論は、1970年の大阪万博で開かれた国際未来会議において、オムロン創業者の立石一真が発表した2033年までの未来予測理論です。大きく分けて3つの特徴があります。


中間:1つめは、科学・技術・社会の相互作用によって人類社会は進行していくという考え方。この相互作用のエンジンとなるのは、人間の進歩志向意欲です。2つめは、時代の価値観の循環によって社会はスパイラルに進化していくという考え方。心が中心の時代とモノが中心の時代、個が中心の時代と集団が中心の時代が移り変わりながら進んでいくのです。
3つめの特徴は、人口やGNPなどの指標を分析して成熟曲線を描き、どの時期にどんな社会が来るかをシミュレーションしたこと。一人あたりGNPが4万ドルを超えたところで経済力による社会発展にサチュレーション(飽和)が起きると予測しています。1回目のサチュレーションは2033年と言われています。ではその後はどうなるのかというと、次の社会発展の参照軸を持ってまた始まっていくのではないか、それはユーダイモニア価値のようなものではないかと考えています。

中間:SINIC理論では原始社会から自律社会に至るまでの10段階を予測しています。先ほど山極さんがおっしゃったように、産業革命以降、機械が人間のように動くことを目指していく流れがありました。まさに「自動」です。その流れの中では、人間も機械のように動くことを求められてきたとも言えます。ここにモノだけではなく情報が加わり、「自律」のフェーズとなりました。その先にあるのは「自然社会」。技術や人間社会が自然と対峙・支配するのではなく、自然の一部として融合・循環し、技術が人間にストレスを与えない「ノー・コントロール」というビジョンで語られる社会に到達すると述べられています。
ただ、「自然社会」という言葉を聞くと、多くの人は原始社会に戻るような印象を受けると思います。そこで僕はここに「共然」、「自ずと然る」に留まらず、関係の輪を広げて「共に然る」という新たな言葉を提案したいと考えています。共然というコンセプトをもとに社会がスパイラルアップして「自然社会」に向かっていく、そんなイメージを描いています。

中間:「AI時代に人間がやるべきことは何か」という質問にもう一度戻ります。僕がSINIC理論と同様に大事にしているコンセプトは、イヴァン・イリイチの「コンヴィヴィアリティ」という考え方です。彼の著書『コンヴィヴィアリティのための道具』(筑摩書房)には、「道具の進化のプロセスには2つの分水嶺がある」と書かれています。道具や技術の進化によって人間の生活が劇的に豊かに快適になることが第一の分水嶺。しかしその先に、道具や技術が人間を支配していく第二の分水嶺があると言うのです。
最近多くの場所でAI脅威論が議論されるのは、第二の分水嶺が近づいてきているからではないでしょうか。AIによって自分の周囲が最適解だらけになり、自律や共感を押しつぶしてしまう。それが大きな脅威です。SINIC理論では、最適化社会を経て2025年から自律社会が始まると予測していましたが、このまま第二の分水嶺の向こう側に行ってAIに支配されてしまったら、自律社会とは違う方向に進んでしまいます。だからもう一度、窮屈な最適解の社会から一人ひとりが自律して、関係性のネットワークを築く隙間や余白をつくることが必要なのではないでしょうか。

山極:コンヴィヴィアリティは日本語で言うと自立共生。協力し合いながら社会をつくっていくということですね。人類は類人猿と同じく分け合いの社会から出発しましたが、そこから分かち合いの社会をつくっていったんです。目標を分かち合う、痛みを分かち合う、幸福を分かち合う。分けられないものを分かち合うことによって、共同意識を高めていった。ところが、所有によって分かち合う社会が崩れてしまったんです。自分の持っているモノに価格をつけて売る行為が加速し、分かち合うことができなくなってしまった。
先ほど時間切れで話せなかったことですが、西洋の知と東洋の知は性質が違うんですね。西洋はすべてを分ける。個人の権利を認め合うことで社会を成立させ、世界を部分で分けることで自然科学や医学を発展させてきた。東洋は部分で分けず、全体を見ます。そこで重要視されるのは関係性と流れです。西洋の科学はもちろん大事だけど、東洋の考え方に沿って関係性と流れをつくり直す必要があるのではないでしょうか。

山極:このとき大事なのが文化です。SDGsには文化が抜け落ちています。なぜかというと、文化は数値化できないから。文化は心や身体に埋め込まれた価値観で、土地から切り離すこともできません。だから、文化をつなぐ仕組みが必要なんです。
2001年にユネスコで「文化的多様性に関する世界宣言」が採択されました。この第7条には、「創造は、文化的伝統の上に成し遂げられるものであるが、同時に他の複数の文化との接触により、開花するものである」とあります。けれどいま、世界の文化は均一になってきています。ヨーロッパに行こうがアフリカに行こうがアメリカに行こうが、価値を決めるのはマーケットです。それは、我々が人間を信用するのではなく、システムや制度を信頼することで生まれた価値観なんです。
AIはこれを促進します。AIは世界中とつながっていて、人と人とを全部一緒のものとみなす。AIを活用することで人間が考えることはみんな同じになっていく。本来、人は1人1人個性があって考えることが違っていて、だから人と人が付き合う意味があるのですが、AIはその意味をなくしてしまうんですね。
だからこそ、私は「人間関係や文化を築くときにAIを頼ってはいけない」と考えます。どちらも数値化できないものだから、人がつくらなければいけない。それを心と身体を使ってやらなければいけない時代に来ているのだと思います。
熊代:いま中間さん、山極さんからお話いただいたように、AIにはリスクもあります。また、エネルギー資源という意味での限界もあると考えています。これについて、関西電力の永野さんからお話いただけますか?

永野:「限られたエネルギーや水といった資源を、どのAIに、どこまで使うことに合意できるのか」というのが私の問いです。AIは膨大な情報を保存するデータセンターとは切っても切れない関係があり、電力と水を大量に消費します。我々インフラ事業者は当然需要に応える努力をしますが、社会全体の資源制約は現実のものとして迫っています。そうすると、AIの今後の発展は、技術的な問題ではなく我々の価値判断に左右されると思います。
その合意はどこで生まれるか。国によるルール形成は当然として、企業や個人の選択・購入・使用もまた社会的な合意の一部だと考えられます。現在は電力自由化のもとでどの会社から電力を買ってもいい形になっていますし、その用途は誰かが決めているのではなく、私たち一人ひとりが選んで決めています。
AIは人類の能力伸長に資する側面も持っていますが、AIを使ってそういった欲望を無制限に追求していくのか、それとも制約するのか。医療、防災、娯楽、研究、軍事などどんな用途であれば使ってもいいのか。そうした判断は非常に難しいなと思っておりまして、ぜひ今日ここにいるみなさんにも考えていただきたいです。

中間:人間はKPIなど数値化できる目標を与えられると、そこに向かって一目散で動き始めてしまう生き物です。最適解を求めて努力する性質がある。でも、最適解を獲得することならばAIの方が効率的にできるようになります。だから、このまま行くとAI依存が進み際限なくエネルギーを消費してしまうし、第二の分水嶺を超えてしまう。第一の分水嶺と第二の分水嶺の間に留まるためには、文化のような多元的な価値指標を設けて、人間が生きる喜びを見つけることが必要なのかもしれませんね。
熊代:榎並さんには、組織のマネジメントをする立場から、AIの何をリスクと見てどう向き合っていこうとしているのかについてお話いただければと思います。
榎並:私たちはテクノロジーを、「人の能力をいかに引き出すか」「人がいかに人らしくなるか」ということに使いたいと思っています。その前提のもと、いまAIに対して一番危惧しているのは「迷う、考える、失敗するといった経験が減って、人間らしさが失われていくのではないか」ということです。私の子どもは「森のようちえん」に通っているのですが、そこでは子どもたちは迷って考えて失敗しながら学んでいます。そういう経験がしづらくなっていくのではないでしょうか。
AIが苦手なことを3つ挙げると、1つはもちろんフィジカリティ。身体的な臨機応変さですね。2つめは山極さんが今日ずっとお話されてきた、信頼に基づく共感。3つめは、ディシジョン・メイキング。最近、腸内細菌が人の意思決定に直接的・間接的な影響を与えていることがわかってきました。AIはこれを体験できませんし、人間はAIにはできない意思決定ができると思います。
これらを踏まえた上で、私自身はいま、エデルマン社が提唱する「トラストブローカー」になりたいと思っています。人と人、組織と組織の間に立って、説得ではなく共話によって答えを見つけていく。自然社会が到来すると、「人はなぜ生きるのか」「我々の理念は何か」ということが問われるようになり、それを乗り越えたリーダーたちが、トラストブローカーとして組織をつないでいくのではないか。そんなことを考えています。

山極:すごくおもしろいですね。いま、科学の力が弱まっているんですよ。科学は事実を説明することはできるけれど、人が求める真実は提供できないからです。僕も、人間の進化のプロセスを化石から説明することはできるけど、「なぜ人間のような変な生物が生まれたのですか?」という問いには答えられません。一方宗教は、エビデンスは示せないけれど、真実を語ります。「この世で善い行いをしていればあの世で救われます」とね。
そしていま、人は科学的なエビデンスよりも空虚な真実を求めていて、SNSによって似た考えの人同士がつながることでフェイクニュースが広がっています。「真実がわからない」という不安を抱えた人が多いから、根拠がなくても力強く宣言するような人が受けて力を増していく。本当の意味でトラスト、信頼によってつながるということができにくくなっているんですね。なぜかというと、目の前にあるものではなく、言葉でつくられた世界を信じているから。
そもそも言葉は目の前にないものを見せる役割を担ってきました。自分が見聞きしたものを他者に伝えるために言葉が生まれたのです。だけど、そこには確かな経験がありました。ところが、いま広まっているのは経験を伴わないフェイクやヘイトです。経験を重視しない社会、フィクションに左右される社会になってきているんですね。
いま、若者に「一番頼れる人は誰ですか」と聞くと、「お母さん」と答える人と「AI」と答える人が半々ぐらいいます。お母さんもAIも自分に合わせてくれるし、自分の問いに必ず答えてくれる存在です。そうすると、自分が努力して相手に合わせようという姿勢、相手と一緒に不確かな未来へ挑戦していこうという勇気がなくなってしまう。これがAIがもたらす一番怖い現象だと思います。

いつまでも続けられそうなほど白熱したパネルディスカッションでしたが、当初予定していた時刻を大幅に過ぎていたので、質疑応答に移りました。参加者からはアニミズム、教育、アートなど多岐にわたる問いが寄せられ大いに盛り上がりましたが、その中からエネルギー問題に対する山極先生の発言を抜粋してご紹介します。
山極:私たちは自然のエネルギーを利用し、同時に原子力という自然界にはないエネルギーも作り出してきました。それは最初にお話ししたように、パイを増やして人間同士のトラブルを防ぐためです。でも、これ以上人間の活動を拡大すると自然環境が痛み、気候変動や災害につながる恐れがあります。また、エネルギー資源を巡る争いも起きている。安定したエネルギーを供給しつつ、エネルギー資源をめぐる争いを止めることが大きな課題となっています。
昨年8月に私が訪問したコスタリカは「軍隊を持たない国」として有名ですが、軍隊だけでなく原発も持っていません。水力・風力・地熱ですべてを賄っています。エネルギーを使わない暮らしをしているのかと言うとそんなことはなく、電車も自動車も走っています。つまり、やりようはあるということなんです。
日本とコスタリカは地形が似ていて、火山や高山もあれば、水も風もあります。日本でもできるはずなんです。たとえば屋久島は水力発電だけで電力を賄っています。これは屋久島には高い山や急流がいくつもあり、圧倒的な降雨量があるから可能なのですが、地域によっては、地熱や風力が使えるかもしれません。こんなふうに地域レベルで何が使えるかを考えていけば、再生エネルギーで地域のニーズに応えることはできるはずです。
ただ、日本の国際力を高めるためにはもっと大きなエネルギーが必要になるかもしれません。とくにこのままAIの活用が進めば、電力消費は増える一方です。それをどういう形で確保していくかもまた、考えるべき課題ですね。

質疑応答も予定時間を超えて盛り上がり、そのまま懇親会へ。山極先生の周囲には入れ替わり立ち替わり人がやってきて、さまざまな対話を繰り広げていました。山極先生、長時間にわたってお付き合いいただきありがとうございました!
エネルギー勉強会では、今回山極先生に教えていただいた内容を踏まえ、新たに生まれた問いを深めるための勉強会を開催していきます。



