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みなさん、こんにちは。杉本綾弓(すぎもと・あゆみ)です。「ないなら、つくる」をコンセプトに、あったらいいなと思う働き方をつくるmeguriという会社を経営している一児の母です。東京出身、東京でビジネスをしてきた私が、新型コロナウイルス流行を「自分の生き方を見直す機会」ととらえ、九州各地のキーパーソンに出会いながら「本当の豊かさとは何か」を見つめます。
福岡・門司港、熊本・南阿蘇村、大分・佐伯、宮崎・日南(にちなん)、鹿児島、そして今度は長崎にやってきました。長崎は異国の情緒がただよう坂道の街。落ち着いた雰囲気でロマンチックな坂道をのぼったところにあるのは、「つくる邸」。
岩本論(いわもと・さとる)さんが空き家だった築70年の古民家を改装し、シェアハウス兼オープンスペースとして仲間たちと活用しています。出身は大分の岩本さんに、つくる邸のいきさつやコミュニティづくりについてうかがいました。
岩本諭 コミュニティデザイナー大分県宇佐市出身 1990年生まれ 斜面地に増えている空き家問題を解決するため、空き家だった古民家を改装し、移住。自宅をシェアハウス兼コミュニティスペースとして地域に開放しながら、斜面地暮らしの魅力を発信している。また、コミュニティデザインに取り組む「つくるのわデザイン」を設立し、コミュニティスペースの場づくり、地域自主運営組織の計画策定のコーディネーターなどを務める
人と人とのつながりがセーフティ・ネットになる。震災での気づきからまちづくりへ。
杉本 どういう経緯で、長崎で「つくる邸」を始めたんですか?
岩本さん もともと環境問題に興味があり、長崎大の環境科学部に進学しました。大学2年のときに大震災が起こり、ボランティアで東北に通っていたのですが、そのあたりから自分の興味が「環境」から「人と人とのつながり」にシフトしていったんです。
杉本 それはなぜ?
岩本さん 被災地で「近所付き合いが少ない地域では逃げ遅れた人が多かった」という話を聞き、困ったときには人と人とのつながりがセーフティネットになるんだなぁという気づきがあって。
杉本 なるほど。「仲間がたくさんいる」というのが、実はこれからの社会を生き延びるポイントなのではないか、と私自身も感じています。
岩本さん 故郷の大分も人口が少ないけど、近所のおじいちゃんおばあちゃんとのつながりがありました。自分もまたそういう暮らしがしたいと思い、長崎でなにかできることはないかと考えたときに、ちょうど「坂の町の活性化」というテーマでこの南山手エリアのヒアリングをしていたんですね。
岩本さん 空き家が増え若者が減っていることを聞いて、論文を書くだけではなく若者が住みながらまちを活性化したら、まちの人もよろこぶかな、と考えました。そこで空き家を探し、リノベ―ションして今住んでいるのが「つくる邸」です。
理想のライフスタイルを実験しながら、コミュニティと一緒にまちをデザインする
岩本さん 院生のときにインターンしていたstudio-Lの「コミュニティ・デザイン」、つまり「人と人とのつながりでまちをよくする」という考え方に感銘をうけまして。震災での気づきもあり、ソフト面を整えるまちづくりをしたいという思いで、ここでイベントしたり畑をしたりしながらコミュニティをつくっています。
杉本 これまでどんなイベントをされてきたんですか?
岩本 「つくる邸」をはじめるときは壁塗りや掃除のワークショップをして、ぼくだけの家ではなくてみんなの家としてひらき、徐々に仲間を増やしてきました。家ができた後は、坂のよさや地域の人とつながりながら暮らすライフスタイルを伝えていきたいという想いがあって、夜景を見ながらヨガをするイベントや、地域のおばあちゃんと七草粥を作るイベントなどをしてきました。
杉本 楽しそう!イベントをするときに気をつけていることはありますか?
岩本 いろんな年齢層にきてほしいなという想いがあって。若い人向けのイベントをしていつも同じメンバーしか来ないと、新しい人が入りづらくなるんですよね。夜景ヨガは若い女性たちが、七草粥は親子が来てくれました。
杉本 イベントごとにターゲットを変えて、色んな属性のひとが来やすくしているんですかね。
岩本 ターゲットをねらってイベントしたと言うよりは…自分が「夜景見ながらヨガしたら気持ちよさそう」と思ってイベント化したり、地域のおばあちゃんに「七草あるよ」と言われて「じゃあ七草粥やりましょう!」ってなったりして、結果そうなったという感じ。
岩本 あとは、オープンデーという、毎週ただ場所を開くということもしています。無目的なので、みんな思い思いに過ごしています。
杉本 つくる邸にはじめて来る人は、イベントがきっかけ?それとも、オープンデーですか?
岩本 イベントをSNSで見ていて、オープンデーにふらりと「来てみたかったんです」と来てくれる人も多いんですよね。オープンデーに初めて来る人が半分くらい。イベントは非日常的で不定期ですし、自分としてはより日常の暮らしを感じられるオープンデーのほうが大事かな。
杉本 ちなみに、つくる邸は自社事業として運営しているんですか?
岩本さん うーん、つくる邸は事業というよりはライフワークみたいな感じですね。さかのぼると、高校生の時に地球温暖化が叫ばれていて興味をもったんですよ。でも、「地球がおかしくなる」みたいな大きい話を解決していくためには、日々の暮らしを持続可能にしていくことだな、と。そこに気づきはじめてからは、環境そのものというより「暮らし」とか「まちづくり」に目が行くようになって。
杉本 わたしの感覚も近いです。
岩本さん まずは自分がそういう持続可能な暮らしをしないとやだなぁと思って。だからここでは地域の人とつながりながら場を作って、いい景色を眺めてお茶して、たまに畑して…みたいなライフスタイルを実験的に行っています。
ここでの暮らしをFacebookで発信していたら「わたしもこういう暮らしをしたい」って共感してくれる人も出てきて。このエリアにここを含めて3軒リノベーションしたんですが、そこに若い人たちが住みはじめてくれています。
岩本さん そんなこともあって「空き家活用」の文脈で取材されることが多いんですけど、空き家を活用したいというよりは、自分が考えるコミュニティやライフスタイルをやってみたい、という感覚ですね。
杉本 コミュニティって事業化しちゃうと自分のやりたい暮らしができなくなりますもんね。
岩本さん そうそう。むずかしい。つくる邸では自分の望む暮らしを営みつつ、徐々にほかの地域から空き家活用の相談なども増え、個人の仕事として他の地域のお手伝いも仕事でやるようになりました。
杉本 わたしが営んでいるmeguriという会社はコンサルティングからはじめて、オフィスを地域にひらいたら地域の方から空きテナントの相談を受けるように。逆のパターンですね。
岩本さん どっちから来たかの違いで、やっていることは近いですね。
「長崎をよくしたい」その想いは同じ!まちづくりのプレイヤーたちが横でつながってきた
杉本 長崎市でみると、今、どんな感じのコミュニティになっていますか?
岩本さん 「長崎には何もない」と県外流出する若者が多い一方で、長崎をよくしようと活動するコミュニティもあって、まちづくりは盛んです。まちづくり関係の人たち、街コン関係、情報発信系、異業種交流などジャンルもさまざま。
杉本 「まちをよくしよう」という人が長崎にたくさんいるんですね。ジャンルも違う人たちがいるのもいい。合わないなと思ったら別のジャンルの人に話が聞けますし。
岩本さん この10年くらいでポコポコと活動が生まれてきたんだと思います。それぞれまちのために活動しているからいったんつながろうよということで、僕自身も2013年にU30まちづくり会議に参加したことがきっかけでいろんな人と繋がりました。
岩本さん 2014年には僕も事務局に入り、「浜の町」という繁華街をどうしたらいいかみんなで意見を出して市長に伝えたのが起爆剤になって一気に若い人同士がつながりました。
杉本 ジャンルが違うとばらばらになるってよくある話だと思うんですけど、それができているのがすごいですね。
岩本さん やりかたはそれぞれだけど、想いはおなじなので仲もいいですよ。2020年になって、メンバーがU-30じゃなくなってきたのでFG長崎2045という会議体になりました。先輩や後輩と一緒に2045年は被爆100年なので、それまでにまちをどうするかを考えています。
杉本 どんな活動をしているんですか?
岩本さん FG長崎2045には観光や行政などいろんなジャンルの専門家がいます。それぞれの活動を紹介しあったり、情報共有したり。そこから刺激や知識を得て、それぞれの活動に持って帰る。こうしてゆるくいろんな属性の人がつながっているのがけっこう大事だと思うんですよね。長崎みたいなコンパクトなまちではバラバラに考えるよりみんなで考えたほうがいいんですよね。
杉本 活動団体同士の横串を通すときに心がけていることはありますか?
岩本さん 「ゆるさと楽しさ」。入ったら抜けられない、というのはみんないやでしょう。出入り自由で、かかわれる範囲でかかわれるように、楽しさ優先でみんなで協力してやっていました。
杉本 移住する側からすると、コミュニティがすでにあって、かつ出入り自由なスタンスというのはありがたいです。一方でゆるい団体って続きにくいと思うのですが、続けるモチベーションはなんでしょうか?
岩本 それぞれのがんばりに刺激を受けるんですよね。あとは、役所から意見を求められたときに、自分の視点の話だけではなくて「こんな人がこう言っていましたよ」と伝えられるようになるメリットもあります。
杉本 行政と身近につながっていられるのも、活動の横串をつなぐヒントになりそうですね。
まちづくりのレジェンドたちと信頼しあい、活動のフィールドがひろがってきた
岩本さん つくる邸のある南山手地区は、今すごくよい感じです。この地区に興味をもって関わってくれる若者が増えましたし、もともとここは長崎の観光地で、このエリアをよくしようとしてきた先輩たちがたくさんいます。たとえば、「長崎さるく」(まち歩き観光。「さるく」は「ぶらぶら歩く」の意味)も企画段階からこのエリアの人たちが関わっています。いわばまちづくりの「レジェンド」たち。
岩本さん そういうレジェンドたちとまちづくりをしたい若者が離れていると、ほんとうの意味でまちづくりにはなっていないパターンも多いけど、ぼくたちはレジェンドたちと一緒に何かに取り組むこともよくあります。また、一緒にバーベキューしたり忘年会したりしています。
杉本 いいですね!若い人だけ盛り上がっていて、というまちはよくあるけど、まちづくりで目指す姿じゃないですもんね。
岩本さん レジェンドたちは重鎮で力をもっている。たとえば、洋館を社会実験でカフェとして使わせてほしい、とぼくたちが考える。洋館は市の所有物なので、ぼくたちが頼むと断られるけれども、地域の自治会長が言うと貸してくれる。レジェンドだちがぼくたちの活躍するフィールドを整えてくれているんです。
杉本 まちづくりの理想の形!どうしてなかよくなれたんですか?
岩本さん 「地域の人と一緒にやりたい」という想いがあったので、夏祭りの実行委員長を2年間しました。ポスターづくりなどの広報をぼくたちが手伝い、ぼくらだけでやれないことを助けてもらい…とお互いに信頼しあえるようになって。
杉本 すごい。
岩本さん 夏祭りをきっかけに、斜面地に移り住んでまちづくりをしようとしていることを知ってもらえたのが大きかった。「若い人たちががんばっているから応援せんといけん」と言ってくれるので、ぼくらも「雨漏りしているので道具を貸してくれませんか」と頼ったり。
最近でいうと、新型コロナウイルスの影響で観光客が減ったので、仲間と一緒にが「長崎山手応援隊」というプロジェクトを立ち上げて、お店にヒアリングしたり金券作ったり、YoutubeやFacebookでお店を紹介したりして、レジェンドたちには印刷費などを工面してもらったりしています。
杉本 いい関係性。自分たちがやるから若い人は引っ込んどけ、みたいな圧力はなかったんですか?
岩本さん レジェンドたちは50、60代なんですが、彼らが若者だったときにもっと上の世代に思い通りにやらされてもらえかったみたいなんです。それもあって今の若者たちの意見を率先して聞きたい、と言ってすごく応援してくれます。
杉本 それは人柄なんでしょうか?それともコロナの危機感?
岩本さん 新型コロナウイルスの影響もそうですが、長崎の人口流出率がワーストという危機感があります。レジェンドたちはこの地区だけではなく長崎全体を見ている人たちでもあるので、若い人の意見やアイディアを取り入れたいと思ってくれています。
杉本 数字を見て危機感をもった自治体は強いですよね。
岩本さん これまで歴史を守ったり発信したりしてきた長崎を愛するレジェンドたちが、若者を応援してくれる。長崎のことに詳しい人から話を聞けば、ぼくたちも長崎を好きになりますし。そういう人と人とのつながりに僕も本当に感謝をしています。
杉本 岩本さんの、まずは貢献する姿勢もいいんでしょうね。
岩本さん そうですね、自分がやりたいことをやるよりは、一緒に課題を解決するためにまちづくりをしていきたいというか…でもその課題解決も楽しかったりするので。
杉本 自分のやりたいライフスタイルやイベントをするのと、人を助けるのと、利己と利他のバランスですね。最後に、2025年度という少し先の将来は、何をしていたいですか?
岩本さん 斜面地に住むプレイヤーとしての自分と、コミュニティデザイナ―を半々でやっているんですが、5年後どちらも続けていたいです。ここで地域とつながる暮らしを実践し、助け助けられる関係性を築いていくことがセーフティネットになります。それで空き家も徐々に埋まっていったら。他地域のコミュニティデザイナーとしては、こういう暮らしができる地域を増やしていきたいです。
(Text・写真 渡邊めぐみ)
※この記事は2020年夏ごろの取材記事となります。