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「守りの人事」から「攻めの人事」へ。人事戦略の策定や新組織の自走化を支援

Writing
Emiko Hida
Photo
Ayako Mizutani
「守りの人事」から「攻めの人事」へ。人事戦略の策定や新組織の自走化を支援

株式会社meguriは、2024年4月から2026年3月にかけて、オムロンフィールドエンジニアリング株式会社(OFE)の人事戦略プロジェクトに対して伴走支援を行いました。1年目は人事戦略の骨子策定やプロジェクトメンバーの推進をリード。2年目は新設したHR戦略企画部の自立・自走をサポートしました。2年間の取り組みと成果を、関係者のみなさんはどう捉えているのでしょうか。代表取締役社長の立石泰輔さん、インダストリアルアカウント本部本部長鈴木基司さん、ヒューマンリソース&カルチャー本部HR戦略企画部部長の山下康作さんにお話を伺いました。

オムロン フィールドエンジニアリング株式会社(以下、OFE)は1970年設立。社会インフラおよび産業設備の安定稼働を支える現場に根差したサービス(エンジニアリング・オンサイト・運用管理)を提供するとともに、カーボンニュートラル、省力化、レジリエントなどの社会課題解決に取り組んでいる。1,474名(2026年4月1日時点)。日本全国に140カ所の拠点を展開し、顧客のニーズに迅速に対応する体制を整えている。https://socialsolution.omron.com/field-engineering/

写真左から鈴木基司さん、立石泰輔さん、山下康作さん

組織に変容を起こすため、あえて社外から「異分子」を入れた

――人事戦略プロジェクトが始まった背景を教えてください。

鈴木:2023年に社長に就任された立石社長が感じた課題感に端を発します。社長が各拠点を回っていたところ、能力の高い女性社員に数多く出会ったにも関わらず、女性管理職の割合は非常に低く、当然ながら経営チームには、女性社員が1人もいない。「OFEは、意欲的な人財を活かせていないのでは」という懸念があったのです。これを発端に女性活躍を推進するワーキングが立ち上がりました。半年ほどで成果が見え始め、その他の課題にも着手すべきと障がい者雇用などを含め、より幅広い試みとして「DEI&B(多様性・公平性・包括性・帰属意識)」に取り組もうと話が発展したのです。これと並行して、人事を「守りの人事」から「攻めの人事」へ変えていく議論も進んでいました。

立石:これまでの人事部門は、事業部門からの「人員を補充してほしい」という要請を受けて採用をおこなったり、本社から制度変更の知らせを受けて調整したりと、受け身で業務を行う機会が多かったのです。事業部門も、それぞれが責任感を持って取り組んでいることの裏返しではあるのですが、部門ごとの動きがバラバラでした。激変する市場環境に対応していくため、人事部門には「人事戦略の全体像を描き、部門間に横串を入れる」役割を担ってもらえたらと考えました。

鈴木:この2つのニーズが重なり、「事業戦略とより深く連動する人事戦略プロジェクト」の立ち上げに至りました。プロジェクト形式にしたことには理由があります。これからの人事は人的資本経営の考え方を取り入れながら動く必要がありますが、これを人事部門だけで進めると必ず失敗します。事業部門の視点を入れないと、実態とかけ離れた戦略になってしまうからです。そこで、人事部門と事業部門と共同でプロジェクトに取り組むことにしました。

――人事戦略プロジェクトを進めるにあたり、meguriに依頼してくださったのはなぜですか?

鈴木:meguriさんには女性活躍ワーキングの伴走に入ってもらっていて、さまざまなヒアリングを通して組織の課題感を掴んでくれていました。話をするなかで、「meguriさんはきっと『今後はこうした取り組みが必要になる』といった予測をされているんだろうな」と感じていたし、それが的を射たものだったので、一緒に取り組みたいと思ったのです。戦略を絵に描いた餅にせずしっかり実現していくため、PMOを担ってほしいと依頼しました。

立石:外から綺麗な提言するコンサルはたくさんいますが、自分から内側に踏み込み動いてくれるコンサルはあまり多くありません。加えて、meguriさんは私たち以上に熱意と主体性を持って、変えなければいけない状況をストレートに指摘しアクションを起こしてくれる。OFEは良くも悪くも均質な組織で、内部だけで議論していると自分たちに心地いい結論に落ち着いてしまう傾向があります。あえて異分子を入れることで、組織に変容を起こせたらと期待しました。

グランドデザイン、マスター資料、人財ポートフォリオを作成

――1年目の取り組みを教えてください。

鈴木:大きく3つあります。1つ目は、まずはプロジェクトの全体像となるグランドデザインを作成しました。2つ目は、トップや担当者が変わっても方向性が変わらないように、これまでの課題や将来起こりうることを明文化してマスター資料を設計。3つ目は、人財戦略の中で大上段となる、人財ポートフォリオを作成しました。最適な配置を行うには、社内にどんな人財がいて、いつどこにどれくらい必要になるのかを把握することが必要です。

並行して、もともと動いていた「女性活躍」に加えて、「障がい者雇用」「キャリア人財の活躍」「健康」といったワーキングを立ち上げました。これからの人事活動は人事部門だけでなく事業部も一緒になって活動していく必要があり、その理解を得ることもありプロジェクトマネージャーを担ってもらったのは、各事業部のファースト長(本部長)です。これにより、人事部門と事業部門が理解しあうことでプロジェクトの加速と現場に寄り添う活動となりました。

――社内でのハレーションはありましたか?

鈴木:ハレーションというほどではないのですが、プロジェクトの初期にファースト長たちが集まる会議で人事戦略について説明したところ、「本当に実現できるのか」という指摘を受けました。「いきなり大きなことをやろうとしているけど、頭でっかちになっているんじゃないか。もっと一つずつ進めていったほうがいいんじゃないか」と思われたのだと捉えています。

――疑問を持たれている状況をどのように乗り越えましたか?

鈴木:その場では「一気に全部動かさなければ変われない」と説明しましたが、会議であれこれ伝えるよりも、やりきる姿勢を見せることが大事だと考えました。プロジェクトを進めて実績を出し続けていけば、自然と認めてもらえるだろう、と。

ただ、やっぱり組織の壁やワーキングメンバーの意識のバラつきによる停滞を感じて自分でも迷いが出たときはあったんです。そういうときは、meguriさんが「いや、いま動かないとダメです」とはっきり言ってくれました。忌憚のない意見と共に、「次はこういうアクションをする必要がある」と具体的に示してくれたので、プロジェクトを前に進めることができました。

立石:社内だと人間関係を妙に意識してしまったり、「これまでこうやってきたから」と過去に縛られてしまったりして、ストレートに言えないことも多いと思います。meguriさんは外部の立場からビシバシ指摘してくれるから、「やっぱりやらなくちゃいけないことなんだな」と襟を正すことができるんですよね。

鈴木:各ワーキングのミーティングでも、「このミーティングの目的とゴールは何ですか」と何度も問いかけたりしていたので、フラストレーションを感じたメンバーも多かったと思います。

でも、プロジェクトマネジメントの考え方やノウハウを持って取り組むとプロジェクトがどんどん前に進むことが目に見えてわかったし、メンバーも自主的に準備してミーティングに臨むようになったんです。一人ひとりの意識が変わり、想定より早く成果が現れはじめました。

メンバーの意識が変わり、自分ごととして動いてくれるように

――プロジェクトが2年目に入ると同時に、人事戦略をミッションとして進めていくHR戦略企画部という組織を立ち上げましたね。ロジスティクス部門に所属していた山下さんをHR戦略企画部の部長に抜擢した背景を教えてください。

鈴木:プロジェクトから正式な組織として継続的な変化を起こし続け今の流れを止めることない体制が必要でした。山下さんは障がい者雇用ワーキングのPMを担当してくれていたのですが、発言や行動からも真摯な人柄が伝わってきましたし、かつ、なにより事業と人に対するバランスの良さも持っている人財でしたので是非このプロジェクトを担ってほしいと思いました。

立石:人事戦略に沿って組織を変革していくには、わからないこと、未知のことに対して悩みながらも1歩踏み出せる人が必要です。山下さんにはそれができると感じました。

――山下さんは打診されたときどう思いましたか?

山下:経験のないことでしたが、期待されているのを感じて嬉しかったです。ただ、人事として素人の私が、これまで人事戦略プロジェクトに入っていなかったHR戦略企画部のメンバーと一緒にプロジェクトを牽引していくことには大きなプレッシャーを感じました。

振り返ってみると、2025年の4〜6月はずっと、meguriさんから2024年度の取り組みをインストールしてもらっていましたね。それを受けて次の1年でやることを計画しました。

――HR戦略企画部の部長として注力したことはありますか?

山下:メンバーの意識を合わせることを意識しました。これまで人事部門がおこなってきたオペレーション的な仕事と分ける形でHR戦略企画部がつくられたわけですが、従来の人事部門の仕事を兼任しているメンバーも多く、「自分たちが人事戦略を進めていくんだ」という意識が浸透していませんでした。会議や会話の中でメンバーから人事戦略という言葉が出てこない状態だったんです。そこで、最初の数ヶ月はことあるごとにHR戦略企画部のミッションを語り、対話することを心がけました。

――人事戦略プロジェクトの2年目の取り組みで印象的だったことはありますか?

山下:2年目は各ワーキングのトップをファースト長(本部長)ではなくセカンド長(部長)に任せて、その枠組みの中で一定の成果を出すことができました。
「主体性を持って組織に浸透させる」ためにバトンを渡した、象徴的な出来事だったと感じています。

あわせて、2024年度に作成した人財ポートフォリオを最新版にアップデートし、事業部が目指す姿と人事戦略との間にあるギャップを洗い出しました。この差をどう埋めていくか、まさに今、具体的に動き出しているところです。

また、meguriさんのサポートが2025年度までという期限を意識し、常に「自立自走」を念頭に置いてきました。いつまでも導いてもらうのではなく、自分たちの言葉で人事戦略を語れなければ意味がない、と考えたからです。週に1度時間をいただいて僕の壁打ち相手になってもらい、悩んでいることを相談したり、考え方を教えてもらったりしました。

――meguriは判断材料を集めたりヒントを伝えたりはするけれど、それをもとに決断するのは山下さん、という役割分担をしましたね。

山下:はい。3年目から自走できるよう、決断は自分たちで行うべきだと考えました。meguriさんは1年目とは関わり方を変えて、陰で支えたり、背中を押したりするような伴走をしてくれたな、と思っています。また、これまで人事に関わってこなかった新メンバーの女性をPMOとして鍛えていただいたこともあり、11月頃には「このチームでやっていけそうだ」と自信を持てるようになりました。

――チームにはどういった変化がありましたか?

山下:さきほど「メンバーから人事戦略という言葉が出てこなかった」と話しましたが、いまではミーティングの際にみんなが人事戦略について語っています。採用についての話でも「こういう力を養っておかないと将来いい人財を採用できなくなるから、いまこのアクションが必要だ」といった発言が出るようになりました。“あるべき未来”から逆算してアクションを考えてくれるようになったのです。

人事戦略のロードマップを作成したときは、メンバーから「早くグループチャットにアップロードしてください」と言われました。「自分が2026年度に取り組むべきことを考えるために早く知りたい」と思ってもらえたようです。これは大きな変化だと考えています。

自分たちで考えて走っていける組織になりつつある

――立石さん、鈴木さんは人事戦略プロジェクトについて、どんな手応えを感じていますか?

鈴木:途中から、「山下さんに任せておけばもう大丈夫だ」と感じていました。人事には専門的な知識やスキルが必要です。本来は3年ほど業務に取り組んでそれらを身につけプロジェクトを回す立場になるものですが、山下さんは人事1年目からしっかり人事戦略プロジェクトを主導してくれました。迷うことがあってもちゃんと立ち止まって周囲の意見を聞きながら進めてくれるので、見ていて安心感がありましたね。

また、ワーキングに参加しているメンバーの様子を見ていると、これまではこちらが工夫して意見や指示を出さないと響かなかったのが、能動的に考えて動いてくれるようになったな、と感じます。だから、何も心配していません。

立石:一人ひとりが人事戦略を自分ごととして捉えてくれるようになり、組織の雰囲気が変わりました。上に言われたからやるのではなく、自分がやりたいから、やるべきだと思うからやっているんだということが伝わってきます。人事に正解はないので、正解探しをするのではなく、自分たちがやろうとしていることを正解にしていく姿勢が大事です。それができるベースが備わったのではないでしょうか。

変えなければいけないことはまだまだたくさんあり、現状はようやく1歩目を踏み出したところだと捉えていますが、これはとても重要な1歩です。たとえば経営者が変わったとしても、元の形には戻らず自分たちで考えて走っていける、そんな組織になりつつあると感じています。

――最後に、組織を変革するにあたり、meguriという外部パートナーがいたことの意義について、お考えを聞かせてください。

山下:もともとOFEには、「こういう人財を育てていくんだ」というビジョンはあったけれど、それをどう進めていくかという戦略はありませんでした。言葉は掲げていたけれど、具体的なアクションにつながっていない状態だったんですね。そこにmeguriさんが入ってくれたことで、どんどん物事が進んでいった。その過程で物事の整理の仕方や考え方も教えてもらいました。それがなければ、今回も言葉だけが掲げられて終わりだったかもしれません。伴走してもらったおかげで、変化を生み出すことができたと思っています。

鈴木:よく、人の成長には異業種間の交流が大事だと言われるし、意識的にそうした機会をつくってはいますが、「お互いに大変ですね」と傷を舐め合って終わりになることも少なくありません。一方で、今回外部パートナーと一緒にゴールをめざして走るということをやってみて、これには大きな価値があるなと思いました。

meguriさんからは耳の痛いことを言われることも多くて、そういうときはどうしても自分たちがやってきたことを正当化したくなるんです。でも、「本当にこれまでのやり方がベストだろうか」と自分に問いかけてみると、大事にしたいことに立ち戻ることができる。そういう支援をしてもらったな、と思っています。

立石:自転車に乗る練習のようなものですね。自転車の漕ぎ方もわからないし、そもそも自転車に乗る意味もあまり感じていない人を自転車に乗せるのは、すごく大変なことです。だから内部だけでは変えることが難しかったんですね。でも、meguriさんは我々以上にエネルギーを持って取り組んで、誠実にやりきってくれました。

この2年はmeguriさんが補助輪となって支えてくれていたけれど、これからは自分たちで漕いでいかなければなりません。でも、進んでいくうちにまた新たな課題が生まれたり、新たなチャレンジが必要になるときが来るはずです。そういうときにまた伴走してもらえたらありがたいですね。コンサルとの付き合いって、一度きりになるかダラダラ続くかになりがちですが、節目節目で相談できるパートナーとなってもらえたらと思っています。