Journal
電力問題のこと、対立せずに話そう。『Dance with the Issue電力とわたしたちのダイアローグ』映画上映会と対話のワークショップレポート
- Writing
- Emiko Hida
- Photo
- Sayaka Mochizuki
「原子力か、再生エネルギーか」という二項対立で語られることが多い電力問題。問題が複雑に絡み合っていて全体像を掴みづらいこと、イデオロギーの衝突に陥りやすいことから、「大事なことだけど、できれば語りたくない」と苦手意識を持っている方も多いのではないでしょうか。
『Dance with the Issue 電力とわたしたちのダイアローグ』は、そうした電力問題にコンテンポラリーダンスという表現を通して迫り、自分自身や他者との対話を促し新たな未来の選択肢を探ろうとする映画です。有識者たちへのインタビュー映像とダンス映像によって構成されていて、最後には観客が意識を自分の内側に向けるリフレクション(内省)と対話の時間が設けられています。
オムロン フィールド エンジニアリング 株式会社、関西電力 株式会社、株式会社 meguriが企画し、不定期で開催している「エネルギー勉強会」。2024年6月27日に開いた第5回では、『Dance with the Issue 電力とわたしたちのダイアローグ』の上映会と対話のワークショップを行いました。その様子をレポートします。
ダンスを通して電力問題にアプローチし、対話を促す映画
今回の会場はOMRON東京事業所の一室。勉強会を主催する3社やその関連会社を中心に集まりました。初めて参加する人のため、最初にオムロン フィールドエンジニアリング株式会社執行役員の榎並顕がこの勉強会の主旨を説明しました。
「オムロンは、創業者の立石一真が提唱した『SINIC(Seed-Innovation to Need-Impetus Cyclic evolution)理論』を経営の羅針盤として採用しています。この未来予測理論では、現代を「最適化社会」、換言すると時代の転換期と位置づけています。
大量生産・大量消費による成長を前提とした社会・経済システムから、持続可能性を併せ持つ社会・経済システムへの転換の過程において、新旧の価値観、新旧の産業構造がまだら模様のように入り混じる状態です。その状態では、さまざまなひずみが生じ、多様な社会的課題が噴出します。このため、新たな社会・経済システムの創造が求められる混乱と葛藤の時代と言えるでしょう。エネルギー業界は、多様な産業が複雑に絡み合う分野であり、現在、産業構造の大転換期を迎えています。
私たちエネルギー事業者も、この転換に対応するためにビジネスモデルを見直し、適応していく必要があります。そのために、さまざまな経験や知見、視点を持った人たちが集まり未来について語り合うコミュニティを築けたらと思い、この勉強会を続けています。今日はよろしくお願いいたします」。
続いて行ったのは、対話のためのウォーミングアップです。内容は、周囲の人と2〜3人でグループをつくり、「パソコン」をテーマに、最初の1分は斜に構えて否定的に話し、次の1分は斜に構えず肯定的に話すというもの。参加者は少し戸惑いながらも、真逆の立場から話すという体験を通して、自分とは違う立場の視点を想像しフラットに物事を受け止める準備を行いました。
場が温まったところで、いよいよ映画『Dance with the Issue 電力とわたしたちのダイアローグ』の上映開始です。
企業や地域の本質を引き出し映像化してきた監督 田村祥宏。彼が経済産業省、東京電力、そして自然エネルギー産業で実際に働くキーマンたちから、エネルギー問題について自分の言葉で語る本心を引き出すインタビュー映像。浮かび上がる電力を取り巻く実情に、東京2020開会式での振付も手がけたダンサー・振付家の大宮大奨氏による美しく雄弁な身体表現が加わることで、観るものの思考を新しい感覚に誘う。
温暖化や気候変動を実際に体感する現代に生きる私たちの世界に何が起きているのか。戦後の復興、高度経済成長期から続く都市化や効率化を進めることで生まれる亀裂。立場ごとに信じるものが多様性を帯び、その課題は複雑にからみ合っている。インタビューによって導かれた事実と本音を耳にした時、自らに問う――「わたしはどうしたい?」。(Dance with the Issue公式サイトより)
映画では、電力にまつわる問題を深掘りするインタビューの間に、印象的なダンスのシーンが多数挟み込まれます。複数人の男女が大きな岩を動かそうとしていて、新たにその輪に加わる人もいるものの、多くの人はやがてあきらめ傍観者になっていく。白い布をまとった人が川で踊り、スーツを着た人がその動きをコントロールしようとしてダンスが崩れていく。同じダンスを都会と田舎で踊り、その映像が交互に切り替わる。送電線の下、男女がぴったりと寄り添いながら踊るーー。
言葉を介さない表現のため、感覚的に「ああ、そういうことか」と腹落ちするものもあれば、「これは何を表しているのだろう?」とじっと考え込んでしまうものも。「頭も心も体も、全部使ってこの問題に向き合おう」と言われているかのようです。電力問題に対し「こうすべきだ」という強い信念や思想を持っていた人も、一度ニュートラルな状態に戻って問題の本質や自分の気持ちを見つめなおす機会になったのではないでしょうか。
映像が終わった後、スクリーンには「何を大切に感じたか、ゆっくりと体で感じてみてください」「あなたが望む暮らしや生活とはなんなのか、思い浮かべてください。豊かさとはなんなのか、それと引き換えにどんな痛みなら受け入れられるのか、その生活のいいところも悪いところも味わってみてください」といったメッセージが現れました。内省の時間が作品の一部として設けられている点も、この映画のユニークなところのひとつです。参加者はリラックスして映画の余韻に浸り、自分が感じたことをじっくりと反芻している様子でした。
映画を観て感じたこと、考えたことを語り合う1時間
今回は、鑑賞後の内省を踏まえ、答えを導くのではなく共に話を創り上げていく対話の時間を約1時間取りました。4人1組でテーブルを囲み、映画の感想や提示された問い(誰にとって、なぜエネルギーが必要なのか、それはどうあるべきか)について対話し、アイデアや可能性を表面化させたり、つなぎあわせたりします。次に、1人だけテーブルホストを残してそれ以外のメンバーは別のテーブルに移動し、同じように話をします。そしてまた元のテーブルに戻り、移動先での対話内容や気づきを共有しながら問いを深めていくという流れです。
各テーブルでは、「海外ではしょっちゅう停電が起きるけどみんな気にしない」「エアコンというものを知らなければ日陰で満足できたのかもしれない」「文化を享受するにはエネルギーが必要」「文明が進むほど生産の場と消費の場が離れて実感できなくなっていく」「ソーシャルグッドを議論しながらついレジ袋を買ってしまう自分に矛盾を感じる」「災害など異常事態を体験した人は仕組みを変えようとするけど、それ以外の人は他人事と捉える」「2〜3年に一度、電気の通っていない宿に泊まって体験するのはどうか」「どれくらいの不便さなら許容できるかを探りたい」など、活発に意見交換が行われていました。
特筆したいのは、自分とは異なる考え方に気分を害したり、どちらが正しいかと言い争ったり、逆に衝突を恐れて意見を言えなかったり……といった雰囲気がまったくなかったこと。お互いの意見に敬意や興味を持って耳を傾け、「まだまとまりきっていない考え」も臆することなく共有し、みんなで視点を深めていく場になっていました。
この映画にも出演していた株式会社Updater執行役員の真野秀太さんと参加者のやり取りも実施しました。出演者を交えることで、より対話の深まりを感じました。
会の最後に、数人から感想を発表してもらいました。その一部を抜粋して紹介します。
「“誰にとって”を“田舎の人”“都会の人”と話しているときはいろいろなアイデアが出てきたのですが、いざ“自分”を主語にすると、『1円でも高く払いたくない』という話になり、社会にとって最適であることと自分ごととがうまく噛み合わず難しいなと思いました。でも、私たちのほとんどは“電気がなくなった世界”を経験したことがありません。一度そういう体験をすると、考えが変わるかもしれない」(商社)
「自分ごとと全体最適の話は、再エネ事業をしていると常に感じることです。電力ってどこから買っても品質は変わらないし、どうしても価格競争になってしまう。だから、映画に出てきた“大きな岩を一所懸命押す人、諦めてしまう人、傍観する人”の映像はとても示唆的だと思いました。でも、やっぱりみんなで取り組まないと、地球環境は悪化していく。『再エネを選ぶのはかっこいい』と捉える人が増えることを願っています」(再エネ企業)
「電力会社にとっては長らく安定供給というものが大命題であったけれど、生活者の暮らし方や電気の使い方が変わることで、事業の考え方も変わっていくのかな、とヒントをもらった気がします」(電力会社)
「映画の中で『日本は強いリーダーシップではなく小さな共感の広がりで変わっていく』と語られていたのが印象的でした。ただ、何に価値を感じるかは人それぞれ本当に違うからすごく難しい。地方でスローライフをエンジョイしたい人もいれば、経済的価値に重きを置く人もいますよね。対話の時間に『どんな電力なら減らせるか』と議論したのですが、そのポイントは一人ひとり全く異なっていました」(電力会社)
「大人はどうしても自分が生きてきた社会をもとに考えてしまうけど、子どもはそういった制約から自由です。たとえばマインクラフトのようなゲームを通して、その世界の電力システムを考えてもらうのはいかがでしょうか。それをコンテストにして、実際に投資できるように発展させてもいいですね。こんなふうに、若い世代が新しい社会づくりに貢献できるような仕組みをここにいるみなさんとつくっていけたらいいなと思いました」(再エネ系ベンチャー)
「電力ビジネスは明治時代にベンチャービジネスとして始まりました。そのときは地域で発電し地域で消費することが前提だったけれど、どんどん規模が大きくなっていき、“いかに大量生産し、安く、安定的に供給するか”が大事になっていきました。その結果、さまざまな不整合が起きているのが現代です。関西弁で、“最後まで大事に使い切る”という意味の“始末する”という言葉があります。エネルギーにもこの考え方が必要なのではないでしょうか」(電力会社)
「映画はさまざまな問いかけの間にダンスが入っていたので思考を巡らすいい時間になったし、みなさんとの対話によってさまざまな気づきがありました。電力業界の人間ではない私にも学びが多かったので、いろいろなところでこうした会をやってみてもいいんじゃないかと思いました」(メーカー)
最後に、当日急遽参加いただいた、SINIC理論を研究する組織である株式会社ヒューマンルネッサンス研究所代表取締役社長の立石郁雄さんから感想をいただきました。
「みなさんの話を聞いていて、『こんな人たちばかりだったら、エネルギー問題もすぐに解決していい世界になる』と感じました。オムロン創業者の立石一真は、『人間が真の変容を起こさないと自律社会を実現できない』と語っています。組織の壁を超えてつながり、一緒にいい社会をつくっていきましょう」
電力業界に携わる人にとっても、そうでない人にとっても、対話を通して考えを深め、二項対立を包括するような未来の選択肢を模索する時間となったのではないでしょうか。『Dance with the Issue 電力とわたしたちのダイアローグ』の対話型上映会は、企業や学校などさまざまな場所で行われています。もし、この記事を読んで「自分でも開催してみたい!」と思われた方がいたら、ぜひお問い合わせしてみてください。おすすめです!参考:『Dance with the Issue:電力とわたしたちのダイアローグ』対話型上映会開催続々(PR TIMES)
オムロン フィールドエンジニアリング株式会社、関西電力株式会社、株式会社meguriは今後もエネルギー勉強会を継続的に開催し、新たな未来を模索していきます。