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みなさん、こんにちは。杉本綾弓(すぎもと・あゆみ)です。「ないなら、つくる」をコンセプトに、あったらいいなと思う働き方をつくるmeguriという会社を経営している一児の母です。東京出身、東京でビジネスをしてきた私が、九州のまちと人に出会いながら「本当の豊かさとは何か」を見つめます。
「伊万里焼」は聞いたことがありますか?福岡・門司港、熊本・南阿蘇村、大分・佐伯、宮崎・日南、鹿児島、長崎に続いてやってきたのは、佐賀の伊万里(いまり)市。江戸時代から続く磁器のまちには美しい伊万里川も流れ、のんびりとした空気が漂っています。
お話をうかがうのはLIB coffee IMARIを営む森永一紀(もりなが・かずき)さん、農業体験型民宿 Ne doco?猫床を営む石黒みさと(いしぐろ・みさと)さん。なぜ伊万里で開業を?インタビューのなかで、伊万里の魅力や夢も飛び出しました。
森永一紀(もりなが・かずき)1982年5月13日生 長崎県松浦市出身。神奈川県横浜にある関東学院大学卒業後、食品メーカー営業・半導体製造業を経てバー「ragazza」、カフェ「LIB coffee IMARI」を経営。2015年、佐賀・長崎のメンバー20人が所属する「GOLD U-35」を結成。より多くの方と出会い、共につながりをつくりたいという想いから伊万里を中心にイベント企画を行うなど日々奮闘中。出会いは人生を豊かにする「Life is Beautiful」がモットー。
石黒みさと(いしぐろ・みさと)1988年佐賀市生まれ。大学卒業後、美容関係の仕事に従事した後、2017年10月、祖父母の家である古民家をリノベーションした農家民宿型『Guest House Ne doco?』をオープン。美容業界での経験を活かし、体の内側も外側も「キレイ」になれて「リラックス」できる体験やイベントなどを実施。地域の企業や施設とのコラボ活動なども行っている。
「一年後にゲストハウスをオープンさせる!」―身の丈にあったところからはじめてみよう
杉本 みさとさんはどうしてゲストハウスを?
みさとさん もともと旅好きで、世界中の人が交流できる場をいつか作れたらいいな、とぼんやり思っていました。クラウド・ファンディングが出はじめた頃、資金を集めてゲストハウスをはじめた方の話を知って「やってみよう」と。
みさとさん 当時は都会願望があり、福岡で開業と思っていたんです。でも金銭的なハードルや福岡ではゲストハウスがすでにブームということもあり、田舎に目を向けました。
「1年後にゲストハウスをオープンする」という目標は絶対守りたくて、あちこち物件を探したんですが、最終的に祖父母の家がある伊万里に落ち着きました。観光地からは少し外れているので不安でしたが、「いちばん身の丈にあったところでやってみよう」と思って。で、クラウド・ファンディングして祖父母宅を改装し、2017年に宿をオープンしました。
杉本 その意志がすごいです!
みさとさん 今いちばん興味があって宿のコンセプトにしているのは「きれいとリラックス」「ビューティー&ヘルス」です。いいコスメや製品をたくさんの人に知ってもらうためにセレクトショップも宿に併設しました。いつかはオリジナル商品も作ってみたいという夢もあります。
杉本 都会への願望があったとおっしゃっていましたが、ここで暮らしてみてどうですか?
みさとさん 「なにもないじゃん」と思っていたのが、今はおもしろくてしょうがなくて。もともと、ナチュラルでエシカルなものが好きではあったんです。田舎ではあたりまえに味噌でも野菜でも手作りするので、私もハーブや野菜を育てたり、柿酢を作ったり…無意識にナチュラルな暮らしができているという楽しさがあるかな。
みさとさん 会いたい人とすぐつながれるのもここならでは。すぐ仲よくなって、一緒にバーベキューとかできる距離感がよいですね。ありがたいことにみなさん応援してくださるので、田舎大好きになりました。毎日が楽しいです。
伊万里は佐世保や嬉野(うれしの)、糸島など他県の人気エリアにも車で1時間くらいで行けるので、立地もいいんじゃないかな。
かっこいい大人や憧れる土地に出会い、自分の道へ
杉本 森永さんはどういういきさつで伊万里でカフェを?
森永さん 出身は長崎の松浦市で、目の前がビーチという環境で育ちました。最初に就職した東京の食品メーカーでは、満員電車で通勤し、渋滞に巻き込まれながら車で営業するような毎日で…こんな生活を続けられないな、と思ってあてもなく地元に帰ってきました。
そのあと勤めた伊万里の企業の待遇はよかったんです。でも工場だから働くメンバーが同じで、自分の将来像がそこにあるようなものなんですよ。職場の不満やギャンブルの話がこの先もずっと続くのかと思うと、28歳くらいで「これはメンタル的にきついな」と思うようになりました。
その頃出会ったのが、伊万里のバーのオーナー。お客さんを楽しませていて、かっこよかったんです。吉武広樹さんというミシュランで星をとった伊万里出身のスターシェフがそばで刺激を与えてくれて、「考えてばかりいるより、おもしろいと思うことを 行動に移そう」と思って、伊万里で大人のおもしろ集団を結成しました(笑)。そして、あるときオーナーと仲良くなって「うちのバーを一緒にやらん?」と誘われたので、「よし、バーやろう!」と意志が決まって。
森永さん 上司に「一年後に辞める」と伝え、周りにも「バーやるけん」と言いまくって後に引けない状態をつくりました。不安になったし周囲に止められましたが、自分で言ったことに対して意志は固かったです。
杉本 すごいですね、会社を辞めるのは勇気がいったのでは?
森永さん 思っていたよりは大変でした(笑)でも、お店の様子をブログで毎日発信してだんだんPV数やお客さんが増えてくると楽しくなってきました。結局7年やりました。
杉本 バーからなぜカフェへ?
森永さん バーで出会った人と結婚し、新婚旅行で行ったイタリアがよくて。
ベネチアのムラーノ島では、みんな川を見ながらご飯を食べているんですよ。その光景が素敵すぎて。帰国してすぐ、「空き物件を見に来ない?誰かにカフェをしてほしいんだよね」と言われて行ったら、川岸の風景がまるでベネチア!そこでその物件を借りて1年かけてLIB coffee IMARIを作り、いま4年目になります。
杉本 川辺でコーヒー、最高ですね!カフェをやってみて、どうですか?
森永さん バーとちがって、カフェには子どもからお年寄りまでいろんなお客さんが来てくれるのがうれしいですね。お年寄りが家にとじこもってしまうのはよくないので、自分の親にも来てほしいと思っています。
杉本 もともと、カフェやバーをやりたいという夢があったんですか?
森永さん 自分にはもともと夢がなかったんですよ。周りから言われて特に反論することもないしやってみようかな、と。そうして生きてきたなかでバーははじめて自分の意志でやったことで、そこから10年間くらい怒涛の日々ですね。
森永さん そのときのタイミングでやりたいことや頼まれることがあるから、そのときの自分の気持ちに従ってやってみたらいいと思うんです。普通、自分の夢なんて描けないですもんね。プロ野球選手みたいに進むべき道を子どもの頃から決めてずっと貫く人なんてまれだし、そういう人はそういう人です。
杉本 かっこいいです。
森永さん なにが成功かはわからないけど、自分が今楽しくやっている自信があるから、それがいちばん成功だと思う。
多様な人が行き交う土壌をもつ伊万里の、懐の広さとあたたかさ
杉本 九州各県を周ってみると、コミュニティの雰囲気はエリアによってかなりちがいますね。伊万里のコミュニティはどんな感じですか?
森永さん これまで商店街を盛り上げてきた先輩たちからは「やってみなよ!」と応援してもらっています。伊万里は商売のまちだから、昔からいろんな人が行き交っていたという土壌もあるので受け入れてもらいやすく、活動しやすかったです。そうやってまちづくりを根気よく続けてきた先輩たちがいるのもありがたいですね。
森永さん 商売が落ち着いて余裕が出てくると、まちのことに目が行きはじめます。そこではじめたのがGOLD-U35という地域を盛り上げる団体です。
吉武広樹さんというミシュランの星をとった伊万里出身のスターシェフがそばで刺激を与えてくれて、考えてばかりいるよりおもしろいと思うことを行動に移そうと思い、大人のおもしろ集団を結成しました笑
佐賀は70万人しかいないので何かをはじめれば情報もちゃんと取り上げてもらえるし、誰かに会いたいと言えば知り合いがつなげてくれる可能性も高い。だから佐賀はいいですよ。
杉本 森永さんよりあとに来たみさとさんから見て、伊万里はどうですか?
みさとさん 祖父母の家がある伊万里市のことはほぼ知らない状態で単身移住してきましたが、そのころLIB coffeeができて1年目で、若手の人たちががんばりはじめた頃。「伊万里でゲストハウスをはじめる」という話を周りにしたら「今おもしろくなってきているよね」と言われるようなタイミングでした。
森永さん GOLD-U35も動き始めていたしね。
みさとさん LIB coffeeにおもしろい人が集まっていたり、リノベ―ションスクールが来ていたりして、伊万里全体が「まちを変えよう」というムードになっている時期でしたね。なので、来てすぐに「おもしろいまちだな」と。「女の子がひとりでゲストハウスするらしいぞ」という噂もバーッと広がって、移住してすぐにいい規模でつながれましたね。
森永さん みさとさんくらいしか起業する若い女性はいなかったもんね。
杉本 既存のコミュニティにスムーズにアクセスできたという感じなんですね。
みさとさん ウェルカムなムードでしたね。「なにやってんだ」というより、「若者ががんばっていてうれしい!」という感じで、あったかかった。
森永さん どの業種もそういう感じです。「ライバルがあらわれた!」というよりは、「一緒にやろうよ!」という。食い争いはないですね。
みさとさん 去年までゲストハウスのことでいっぱいいっぱいでしたが、私もそろそろまちのことを考える時期なのかな、と思っています。東洋医学を体感できるくすきの杜が6月にできたので、せっかくだからまちの人たちと一緒に薬膳を体験できるプランを練っています。
伊万里で活動をしつつ、次のステップも視野に夢をふくらませる今。
杉本 5年後、私は食とエネルギーを自給できるようになっていたいのですが、お二人はどんなことを考えていますか?
森永さん 5年後には、うちの子どもはもう小学生で、やりたいことが芽生える年齢なので、子どもたちにかっこいい背中を見せられるようにしたいですね。いまの自分があるのはかっこいい大人との出会いがあったからなので。
「3年後に鎌倉でレモンケーキのお店を出す」というのは決めています。鎌倉が好きで、LIB coffeeで出しているレモンケーキの専門店を作りたい。それをきっかけに伊万里に遊びに来てくれる人もいるだろうから、ほかに拠点を作りたいんです。
森永さん もう一つ。地元の松浦では、管理できなくて遊泳できるビーチを閉じています。でも海の家は残っているし、めちゃくちゃ夕日が綺麗なので、スイーツを出すカフェをひらいて、高齢の方にも働いてもらいたい。
杉本 一つの場所にずっといると、考えるものさしが一つだけになってしまいますが、ゲストハウスやカフェを通じていろんな地域や価値観と出会えると、徐々に自分のものさしができてくるので、そういう機会ができるといいですよね。みさとさんは?
みさとさん ゲストハウスは夢の一つだったけど、一生やろうとは思っていません。10年後はニュージーランドでおむすびやさんをしたいという夢があるので、そこに向かって知識やスキルを身につけながらここを広げていきたいです。
森永さん へー、いいじゃん!
みさとさん 「伊万里」でいうと、薬膳をまちぐるみで広めるチームもできたので、他県から人を呼べるようになったら。それから、「フリーアコモデーション」という、住み込みで2、3時間宿を手伝ってもらい、それ以外の時間は観光したりほかのバイトに入ってもらったりして長期滞在できる仕組みをしているんですが、新型コロナウイルスが落ち着いたら再開したいです。よそから来た人が伊万里を好きになってくれたら、移住しなくてもこの地域のことを広めてくれると思いますし。
杉本 絶対そうだと思います。
森永 いいね。伊万里の飲食店も手が足りていないし、外からの人が伊万里の人たちにとっても助けになるよね。
(Text・写真 渡邊めぐみ)
※この記事は2020年夏ごろの取材記事となります。