Journal

「豊かさ」を見つめ生きかたを探る九州旅、福岡編。旅するように暮らし、仲間たちと物語をつむぐまち、津屋崎へ。

Writing / Photo
meguri
「豊かさ」を見つめ生きかたを探る九州旅、福岡編。旅するように暮らし、仲間たちと物語をつむぐまち、津屋崎へ。

みなさん、こんにちは。杉本綾弓(すぎもと・あゆみ)です。「ないなら、つくる」をコンセプトに、あったらいいなと思う働き方をつくるmeguriという会社を経営している一児の母です。東京出身、東京でビジネスをしてきた私が、新型コロナウイルス流行を「自分の生き方を見直す機会」ととらえ、九州各地の人に出会いながら「本当の豊かさとは何か」を見つめます。

福岡・門司港からスタートし、熊本、大分、宮崎、鹿児島、長崎、佐賀と続けてきた旅。また福岡に戻って訪れたのは、福岡市と北九州市のあいだにある福津市・津屋崎(つやざき)という町。「津屋崎千軒」と呼ばれる家々の風景が残り、塩田で栄えた歴史を感じさせます。そして、ウミガメが産卵しにやってくるほど美しい海があり、夕日に魅せられて移住する人も。

画像に含まれている可能性があるもの:海、空、雲、たそがれ、屋外、自然、水
すこし歩けば、美しい海が広がっています。

お話を伺ったのは、みんなの木工房テノ森を営む細井護(ほそい・まもる)さん。家具やおもちゃ、カトラリーなど、暮らしの中で必要なものや大切な人への贈り物を作ることができる工房をひらいています。海外での生活や世界一周旅行を経て、津屋崎で暮らす細井さんが感じる豊かさをうかがいました。私が仮拠点として津屋崎で暮らしはじめたのは2020年の春。娘を東京と津屋崎それぞれの幼稚園に通わせ、見えてきたこともお話しています。

細井護(ほそい・まもる) 1973年北海道南茅部町(現函館市)生まれ。大学で美術専攻。白老のTOBIUアートコミュニティで制作活動をはじめる。星野道夫に影響され、アラスカ州フェアバンクスに1年間滞在し取材と彫刻制作。財団法人札幌芸術の森にて木工専門員として勤務した後、世界一周航空券で各地を巡り、制作・展覧会を開催。ネパールへ戻り3年間制作活動。2013年秋、家族と共に福津市に移住し「テノ森」を開設。1から8日の「つくる時間」を再発見するワークショップを年間50コース開催する。

対話の文化が根づいているまちだから、豊かさをわけあえる

杉本 津屋崎という場所を選んだのはどういうきっかけだったんですか?

細井さん 妻の両親が転勤で各地を周った後に選んだのが福津市でした。その近隣の地域で工房にできる場所をあちこち何ヶ月も探して、たまたまここがあったんです。

庭にある大きな家

中程度の精度で自動的に生成された説明
広々とした工房が森の中にあらわれます。

細井さん 福津津屋崎子ども劇場※1と、津屋崎ブランチ ※2という2つの魅力的なコミュニティがあったのもよかった。

※1 舞台芸術に出会う活動や、創造表現、自然体験などを通じ、子どもたちがたくさんの仲間とともに豊かに育ちあうことをめざした組織

※2 「本当の暮らし・働き方・つながり」を実現する地域おこしプロジェクト

杉本 場所とコミュニティがあって選んだんですね。津屋崎のコミュニティはどんな感じなんですか?

人, 屋内, テーブル, 座る が含まれている画像

自動的に生成された説明

細井さん すごく楽でね。「こういうことをしようと思うんだよね」と話すと「そうだよね!そういうのって豊かだよね」って共感してくれて、同じ方向を向いている仲間に恵まれているんです。ネガティブなワードが飛んでこない。

杉本 春から津屋崎に仮拠点をおいて暮らしはじめたんですが、豊かさを分け合える感じ、わかります。

細井さん まちづくりをやっている津屋崎ブランチの山口覚(やまぐち・さとる)さんが10年以上前から「対話」を大事にしていて「未来を語る」「人を褒める」「断定をしない」っていう、コミュニケーションで大事なことをぼくたちにジワジワと教えてくれているんです。

津屋崎ブランチの未来会議室3ヶ条。

杉本 バッググラウンドもちがうし、小さなコミュニティではあら捜しのほうが簡単だったりして、「対話」という文化をまちに作るってむずかしいと思いますが…この地域の方々は10年対話してきて、「ただそのまま受け入れる」とか、「前向きな言葉をさがす」というスタンスをもっていますよね。

細井さん 本当にそういう感じです。すばらしいですよね。

杉本 山口さんが「いい土でありたい、どんな種がきてもいい花が咲くように」と話しているのを聞いて、「私も種としてこのまちに来たい」と思いましたね。

屋内, 人, 天井, 立つ が含まれている画像

自動的に生成された説明

細井さん 山口さんとの関係も、行政の人との関係も、相手が誰だからって何も変わらない。そういうのがすごく楽なんだよね。ここの人たちは友人で、武器がいらないんです。

アラスカにB&B※3で長期滞在している老夫婦がいて、世界中の旅人みんなが彼らのことが大好きになるんですね。彼らに「どうやったらフレンドシップができるんですか?」と聞いたら、「人をジャッジしないこと」と即答。ジャッジするとかならずミスジャッジが起こって、友情関係ができない。未来会議3ヶ条でも「断定しない」と言っているでしょう。

※3 ベッド・アンド・ブレックファストの略で、簡易の宿泊施設。

杉本 なるほど。

細井さん とはいえ、意識していても人をジャッジしてしまう。でも、そもそもジャッジしない人はそんなアドバイスしないでしょうから、彼らも常に意識し続けていたのかもしれないですね。そう気づいて楽になりました。

「津屋崎がいい」って最初からわかって来たわけではないんです。旅をはじめるときみたいにルートを書いてはみるけど、大事なのはそこではなくて、旅の途中でどんな人に出会い、どんなふうにやさしくしてもらったか。それが次の展開につながっていく…そういう旅を一緒にできるような人間づきあいがここにはあります。

人, 屋内, 若い, 座る が含まれている画像

自動的に生成された説明

ここの事業計画も同じで、仲間にもアドバイスをもらいながら計画書を書いてみたら、3ヶ月後には終わるってわかった。でも奇跡的に続くんですよ。なぜかというと、「ここでこんなふうに周りから愛される」「◯◯さんに助けてもらう」…みたいに、事業計画書に絶対書かないことが起こるからなんです。この7年間、地域の人たちが気にかけてくれたり、大学の先生が実習しませんかって声をかけてくれたり…まったく予想もつかないことで展開していく、そしたらこんな風になった、という工房なんですよ。

杉本 工房自体は、どういう経緯ではじめたんですか?

細井さん 以前、札幌芸術の森のクラフト工房で木工の専門員をしていたときに、

木のものづくりを一般の方々にとって敷居の低いものにするために、ワークショップの場づくりに4つのことを大切にしたんです。①場所と道具がある、②良質の材料が手に入る、③教えてもらえる、④分かち合えるコミュニティをつくる。これを一つの工房で揃えたら、ワークショップが人気になりほぼ毎回抽選になったんです。バブルが弾けて北海道の大きな家具産地の職人さんたちの半分が仕事を失ったと言われていた時代にも、「作りたい」というニーズはこんなにあるんだと気づきました。

もう一つきっかけがあります。妻の母ががんになったとき、同じ病院に20代の女性がいました。おなかに子どもがいるってわかったときにがんが発覚したんですが、産むまで自分の治療はできず、出産後は赤ちゃんに会えず自分の治療に入りました。

もしかしたら、子どもの成長を見届けられないかもしれない、そんな思いの若いお父さんやお母さんがいることを知って自分ができることを考えたんです。

「食事の時にはゆっくりご飯を食べられるように、落ち着いた色の天板の食卓がいいかもしれない」「身長が低くても体に合う高さの勉強机の高さはどれぐらいかな?」って、『子どものことを考えて、子どもが使うものを作ること』を手伝えるかもしれない…そんな思いで、家族のための木工ワークショップができたらと思いました。

屋内, テーブル, 座る, 木製 が含まれている画像

自動的に生成された説明
時間をかけて学習机を作り、子どもにプレゼントする人も。作った時間そのものが贈りものになると細井さんは言います。

細井さん いろんな国を見てきて、ぼくたちの暮している日本社会ってすごいと思うんだけど…このシステムってそもそも人の幸せに歩み寄っているんだろうか?という違和感を感じていて。幸せを体現できる仕事や暮らしをここでしていきたいです。

心がやわらかい大人たちがいて、襟を正される場所がある

レストランのテーブルに座っている男性

中程度の精度で自動的に生成された説明

杉本 津屋崎について、ここはちょっとな、と思うことはありますか?

細井さん マイナスはあまり思いつかないけど…コミュニティにお寺的な存在があればいいな、と思っているんです。襟を正されたり、ヘルプを出せたりする場所。

杉本 私にとっては、娘が通っている福津の保育施設「おひさまえん」が、襟を正される場所の一つです。たとえば、「先生は…」と私が言うと、うちの5歳が「先生じゃない。人はただの人だよ。先生はいないよ」と言うので、「そっか、ごめん、そうだね」と。はっと立ち止まって考えさせられる場所になっています。

細井さん おひさまえんの人たちは尊敬できるよね。

杉本 娘は福岡と東京の幼稚園に通わせていますが、「どっちかやめる?」と聞いても、それぞれにいいところがあるから両方行きたい、と言っています。5歳ながら、味わって自分の判断のものさしを持ちはじめている。海がある、とか環境のよさもありますが、子どもの教育が未来の幸せにつながるし、本人が自分を幸せにする力になる。なので、教育は地域を選ぶ上で大切ですね。

細井さん 幼稚園を出たあとで、自分の周りにちゃんと愛があるんだということを示してくれる教育をやってくれるところが少ないよね。

杉本 そこは、全国的な課題ですね。

細井さん うちの子はホームスクーリングです。最初は学校に行かせていたけど、「学校どうだった?」って聞くと「命令された」ってばかりで。

杉本 昔のわたしみたいです。3歳くらいから親に「人生は自分で選択しなさい」と育てられたので、「右向け右」式の学校生活は自分にとって謎でした。

細井さん 息子も学校が辛そうだったので、教頭先生に「彼が行きたいって言うまで休ませていいですか」と言ったら、そうしてください、急がなくていいですよって言われたのをきっかけに、ホームスクーリングを始めさせてもらいました。学校内外に応援してくれる素敵な先生や周りの方々に恵まれました。

杉本 すごくいいですね。複数の学校に通うとかホームスクーリングなど、いろんなありかたを容認できる心のやわらかい大人が地域にいるのは大事なことですね。資本主義社会なのでちがう判断軸もあるかもしれないけど、自分のベースにそういうふるさとがあるのは人間形成において大切だと思います。

細井さん いま小学2年生の息子はずっと研究しているんですよ。彼は科学が好きで、「温度のマイナス下は限りがあるのに、どうして上の限りはないの?」って聞くんです。

杉本 考えたことないな。

細井さん これって、「この世界はどう形成されているのか」っていう質問と同じだと思うんですよ。ぼくは学校に通って、数学は得意だったけど、その学びの中で世界の真理を解きあかそうという本質的な思いを持って勉強できていなかった。どうすれば彼の本質的な問いを育てることができるかは難しいですが、他の人にまかせてはだめかな?と。これもまた旅みたいなもので、どうなるかわからないけどスタートして…これからおもしろい物語になっていくんじゃないかなって思っています。

杉本 自分の人生も彼の人生も、細かくプランニングするというよりは旅している感じで素敵です。これからやりたいことは?

細井さん 一つは、木でものづくりをしているひとたちの学会をつくって、常に新しいものづくりや哲学をみんなで学べるようにしていきたい。

並行して今やっている、「ワークショップに参加する方々が、ものづくりの時間を再発見することで、ものづくりをしている方々の仕事への理解者を増やしていきたい」という、いまやっているテノ森のミッションが10年後には必要なくなる社会にしたいです。

それがあたりまえの共通認識になって、テノ森がなくてもみんなふつうに学べる場ができていけば。

家の庭に立っている人

中程度の精度で自動的に生成された説明
「なにができるか」ではなく、自分にとって本当に大切なものを持って働く決意をしているかが大事、と細井さん。

細井さん もう一つ、5年後までには山の中に電気のいらない工房を建てているかも。ハイジのおんじの家みたいなイメージ。そこにこもって、木の皿や椅子を作って、日が沈んだら焚き火をたいてごはんを作って、話して…「自分にとって本当に大切なもの」と向き合いつつリトリートされるような、そういう場所をつくりたいです。

杉本 素敵ですね!行きたい。

(Text・写真 渡邊めぐみ)

※この記事は2020年夏頃の取材記事となります。