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【meguri10周年連載対談session7】めぐらせたいという願いをもちつつ、関係性を見ながら流れを見極める。占部まりさん×太刀川英輔さん

Writing
Emiko Hida
Photo
Ayako Mizutani
【meguri10周年連載対談session7】めぐらせたいという願いをもちつつ、関係性を見ながら流れを見極める。占部まりさん×太刀川英輔さん

2015年、「meguri(めぐり)」という名前の会社を立ち上げました。
心や体を/人から人へ/地域や社会に/未来へ向けて。さまざまな形で循環していく想いや物事を大事にする会社にしたい。言葉にするにはまだ漠然としていたけれど、でもたしかな想いから、meguriは始まりました。

そんなmeguriも、めぐりめぐって10周年。たくさんの人とめぐりあい、想いをめぐらせてきました。この節目に、meguriのパーパスを体現されているみなさまに、それぞれが大事にしている「めぐり」について聞いてみたいと思います。

第7回は、医師の占部まりさんと、デザイナーの太刀川英輔さんの対談を設定。“この世界にめぐらせたいもの”について語り合っていただきました。

占部まり(うらべ・まり)さん
内科医/宇沢国際学館代表取締役/宇沢弘文の長女(3人兄弟末子)東京慈恵会医科大学卒業。1992~94年メイヨークリニックーポストドクトラルリサーチフェロー。地域医療に従事するかたわら宇沢弘文の理論をより多くの人に伝えたいと活動をしている。2022年5月京都大学人と社会の未来研究院に社会的共通資本と未来寄付研究部門が設立される。環境問題や教育・医療など社会的共通資本を基軸に多角的な横断研究が展開されており、そちらの企画運営も行っている。日本メメント・モリ協会代表理事日本医師会国際保健検討委員。


太刀川英輔(たちかわ・えいすけ)さん デザインアクティビスト/NOSIGNER代表/慶應義塾大学特任教授/JIDA(公社日本インダストリアルデザイン協会)理事長/
WDO(World Design Organization)理事/デザイン活動家として気候変動の緩和や適応、防災、地域活性など社会課題を扱う様々なプロジェクトを手がける。建築、プロダクト、グラフィック分野を横断するデザイナーとしてグッドデザイン賞金賞ほか、国内外で100以上のデザイン賞を受賞。また多くの国際賞の審査員を歴任する。生物の適応進化から創造性の本質を学ぶ「進化思考」を提唱し、人文科学分野を代表する学術賞「山本七平賞」を受賞。創造的な教育の普及を進める。アジアで最も歴史あるデザイン団体JIDAの歴代最年少理事長、国連の特殊諮問機関WDO(世界デザイン機構)理事として、デザインの社会普及に努めている。

豊かな社会や未来をつくるための考え方

――まずは自己紹介をお願いします。

太刀川:デザイナーをしているのですが、キャリアは建築からスタートしています。大学院では隈研吾さんの研究室に所属し、高知県梼原町の町役場などを設計するプロジェクトに関わっていました。そのなかで、「地域の課題は建築だけで解けるものではない」と感じて、グラフィックデザインやインダストリアルデザインを独学しはじめたんです。そのまま一度も就職せず独立してしまいました。社会からはみ出したキャリアのまま20年弱が経ったところです。

現在は事業構想や商品や知財の開発、パッケージや空間のデザインなど、おかげさまで幅広く仕事をしています。基本的には「未来に役立つデザインしかしたくない」ので、地域振興や防災、気候変動など、社会課題の解決につながる仕事が多いですね。

そうしているうちに人に教える機会が増えて、創造性教育にも携わるようになりました。僕は自分自身を創造的にする方法をずっと探索・開発してきたのですが、それを構造化してみたところ、創造のプロセスが極めて生物の進化と類似していることに気づいたんです。探究内容をまとめて2021年に『進化思考』(海土の風)という本を出し、これまで60社以上の企業や、特任教授をしている慶應義塾大学など世界中の大学で創造性を発揮する思考法を教えています。


進化思考とは、生物進化のように変異と選択を繰り返し、本来だれの中にでもある創造性を発揮する思考法のこと

占部:私は経済学者・宇沢弘文の娘です。10年前に父が亡くなってから、父が提唱した「社会的共通資本」という概念を伝える役割がめぐってきました。

社会的共通資本とは、「ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」のこと。大気、森林、河川、水、土壌などの「自然環境」、道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなどの「社会的インフラストラクチャー」、教育、医療、司法、金融制度などの「制度資本」がその構成要素です。

父は1950年代からアメリカやイギリスで経済成長に関する先駆的な研究を行なっていましたが、1968年に帰国すると、日本が数字の上では成長しているように見えるけれども、実際にはとても貧しくなっていることに驚きました。とくに心を痛めたのが、企業が市場での利益を優先することによって起きた水俣病などの公害問題でした。

自然環境を含めた社会的共通資本は、大きな災害などで失ってから初めてその価値が理解されることが多いです。自然環境がないと人間は生きていけません。そういうことを忘れてはいけないのではないか、という疑問から、父は自然環境を経済学の理論に入れて考えることを試みたのです。

宇沢弘文(写真・右)
日本を代表する経済学者。社会的共通資本という経済理論は新しい資本主義を支えるものとして注目を集めている。1950年代から経済成長に関する先駆的な研究を米国や英国などで行っていたが、1968年日本に帰国後は公害や地球温暖化、格差など、市場での利益を優先することで起こる弊害や、新自由主義的な考えが引き起こす社会問題に向きあった。水俣病や国土開発計画(むつ小川原計画など)、成田闘争などの現場へ出向き調査を重ね、発言・行動する経済学者としても知られていた。本質的に豊かな社会を目指し、様々な提言を行った。地球温暖化に対しても、1980年代から発言しており、国民総生産や熱帯雨林の保有率などを加味した“比例型炭素税”は、炭素税の不平等の是正を目指している。

占部:私は医師ですが、医療も社会的共通資本のひとつです。その時代の社会情勢や医療水準に合わせた最善の医療を考えるのが医療者の役割です。昔はどんなに貧しくてもすぐに病院に行って治療ができることが社会の安定に必要でしたが、今は病気を治すだけにフォーカスしていれば良い時代ではなくなりました。

たとえば、望まない孤立が健康に与える影響がとても大きいこともわかってきています。「Our Epidemic of Loneliness and Isolation」(私たちの孤独と孤立の蔓延)というレポートによれば、孤独の健康への悪影響は、1日15本の喫煙にも相当すると試算されています。また、人とのつながりが増えるほど要介護度が進みにくいという日本の調査結果もあります。これまでとは違う医療のあり方が必要で、ゆるやかなつながりをいかにたくさんつくっていくかといったことが、健康の面からも大切なのではないかと私は考えています。

太刀川:なるほど、人のつながりも社会的共通資本になりえるってことですね。ご質問したいのですが、炭素税を提唱したのはお父様ですか?

占部:父が提唱したのは比例型炭素税です。先進国が温室効果ガスのほとんどを発生させています。にもかかわらず、これから発展しようという国に対し「君たちは我慢してね」というのは不公平です。そこで、1人あたりの国民所得や熱帯雨林の保有率などを勘案し温室効果ガスに対する税率を決める制度を考えたのです。1997年の京都会議で提出されましたが、残念ながら採用はされませんでした。

たしか、太刀川さんも脱炭素に関わっていらっしゃるのですよね。

太刀川:はい。再生可能エネルギーや高機能バイオ炭の装置開発、水素エネルギーキャリアなど、さまざまなプロジェクトに関わっています。現在はSUSTUSという慶應大学発のスタートアップ企業を仲間と創業して、企業全体のCO2排出量、商品一個あたりのCO2排出量測定ができるアプリを制作しています。

そんなふうにデザインでできる小さなことを仲間とともになんでもやっていく、というスタンスですが、宇沢先生のように制度や政策をデザインして提唱できるのは強力ですね。実現すれば大きな変化が生まれる。当時の時代背景では実現が難しかったのだと思いますが、いまこそその考えを見直して取り入れるべきではないでしょうか。

いま起こっていることを可視化することが大事なんじゃないか

――おふたりが「めぐらせたいもの」はなんですか?

太刀川:ひとつはエネルギー、力です。力がうまく流れる形って綺麗なんです。紐の両端を持ってぶらりと垂らしたときに張力に従って自然とできるカーブをカテナリー曲線と呼ぶのですが、人が最も美しいと感じる曲線はカテナリー曲線だという説があります。これは電力という意味でのエネルギーにも言えることです。地域の中でうまく循環する仕組みをつくれば、いまのシステムでなくてもいいはずで、もっといい流れになると思っています。

ふたつめは空気。成分で言うと炭素と窒素ですね。炭素循環はなんとかしないといけないけど、デザインするテーマとしては非常におもしろい。窒素に関しては、大気中の窒素を化学肥料にして土の中に入れつづけたら、窒素化合物が増加し環境に悪影響を及ぼすのは当然のことですよね。バイオ炭に取り組むのは、炭素固定もさることながら、化学肥料に頼りすぎない健全な窒素循環を促したいからです。

みっつめが水。自然災害は、ほとんどが水由来なんですよね。台風だったり、土砂崩れだったり。水源から河口までの小流域内でちゃんと水が循環するマスタープランの都市になると、災害を抑制できるし、自然環境を守ることができるはず。

そういう地域づくりができれば、自然と人間の共生が実現します。便利だけれど自然がすぐそばにあり、暮らしやすい魅力的なまちになる。そんなことに取り組みたいですね。占部さんはいかがですか?

占部:私自身はお金への向きあい方と、お金そのもののめぐらせ方を変えていきたいですね。

ビジネスや夢を実現しようとするときに、まずはどうしても「それはお金になるの?」「どういう形で利益になるの?」という話になってしまいがち。でも、お金をいったん脇に置いて構想をするからこそ、見えるビジョンがあったり、素晴らしいアイディアが生み出されたりするのではないかと思っています。

お金がめぐるということですが、資本主義はたしかに富の集中は起きますが、そこから良い流れを生むこともできるのではないかと思っています。ビル・ゲイツ氏がポリオ根絶活動に寄付することで、それまで国際機関が目標としていたけれどもなかなか実現できなかったことがあっという間にできました。最近では、コロナワクチンの開発ですね。これほど早く完成したのは、もちろんこの状況で最善を尽くしたいと考えた人が大勢いたからですが、一方で「利益を生むチャンス」であったことも事実です。

資本主義は人間の本性や欲望と親和性がとても高いので、どのように向き合ってめぐらせていくのかが問われるということなんだと思います。お金を持っている人が社会的な活動に関心を持つと、もっといい世の中になるのではないでしょうか。私一人で国や組織を納得させせて動かすことは難しくても、大金持ち一人ならば説得することができるかもしれないという希望を持っています(笑)。

太刀川:富の集中や不均衡が生まれやすいからこそ、それをもう一度循環させる方向に流れを変えるというお話ですね。そうしないとどんどん格差は広がってしまう。お父様はどうすればそうした格差を緩和するルールセッティングができるかということに一生を捧げた方なんだろうな、と思いました。

太刀川:占部さんが最初に「自然環境など社会的共通資本の価値は大きな災害などで失われないとわからない」とおっしゃっていましたが、まちが何によって成り立っているのか、自然と人間がどう関わっているのか、平常時では、わからなくても生きていけますね。でも失われて初めて気づくものがあります。

人間が自然から得られる恩恵のことを「生態系サービス」と言いますが、ミツバチが人間に与えている価値を金額に換算すると年間約20兆円になるという試算があります。いま、世界中でさまざまな動植物が絶滅の危機に瀕していますが、それは金額に換算するとものすごい損失になるはず。生態系そのものが社会的共通資本として人間の暮らしを強く支えてくれているけれど、その価値が見えていない。だから真剣に守ろうとしない。ここに問題があるのではないでしょうか。

占部:まさにそうですね。自然環境は複雑だからそれまでの数学では扱いきれず、扱いきれないから見なかったことにされていたのだと思います。

太刀川:眞鍋淑郎先生は「このめぐりのままCO2が大気中に放出されつづけると気候変動が起こって大変な事態になる」ことを可視化してノーベル賞を受賞されました。見える状態にすることに大きな意味があるんですよね。

たとえば海洋資源の減少は深刻な問題ですが、いろいろな要因が複雑に絡み合っているから、人間の視点からはどこに根本原因があるかわからず、半ば放置されている。そういう問題っていっぱいあるけど、それに対して「これが原因かもしれない」「これをやると抑制できるかもしれない」と仮説を立て、ちょっとずつ前進することが重要だと思います。

占部:それで思い出すのが「ゼンメルワイスの悲劇」です。ゼンメルワイスはハンガリー出身の医師で、1840年代から50年代にかけて「医師が患者に触れる前に手を洗うことで産褥熱による死亡率を下げることができる」と提唱したのですが、当時の医学会からは激しく批判され、失意のうちに亡くなりました。その後、イギリス人医師のジョゼフ・リスターが消毒法を確立し、ゼンメルワイスを偉大な先人と主張したことで、彼の理論は広く認められるようになったのです。

太刀川さんと話していて、正しいことを正しいと伝えるだけでは世の中は動かないから、デザインの力が必要なのだろうな、と思いました。

太刀川:たしかに、多くの原因は見えないところにあって、それを可視化することにデザインの一つの価値があるんだと思います。コレラが流行した1854年、イギリス人医師のジョン・スノウは感染地図を制作し、特定の水道会社からの水を飲んでいる地域でコレラの発生率が高くなっていることを突き止めました。これはビジュアライゼーションの力ですね。

めぐるべきものがめぐると、いい形になる

――これから、それぞれの大切なものをどうめぐらせていきたいですか?

占部:流れに逆らわないこと。教育や地球環境がいい方向に進んでいくといいな、という願いを持っていますが、暴力的に動かしてうまくいくものではないと思うんです。本質的な流れは父が見つけてくれているので、それに乗って多少補正はしつつ、無理に何かをしようとしない……伝わるでしょうか。

太刀川:エイドリアン・ベジャンという熱力学者が「万物はより良く流れる形に進化する」と提唱していて、僕もその考えに直感的に共感するところがあるのですが、いま占部さんがおっしゃったことと関連しているな、と思いました。たとえば、川を無理やり90度にすると不自然でしょう。きっとどこかに抵抗が生じて、次第になだらかな形になっていく。

だから僕はデザインをするときも、流れを観察し、その流れの通りにデザインを写しとることを心がけているんです。そうすると、自分でも思ってもみなかったデザイン、自分を超えたものができる。ちゃんとめぐる方法を考えるとうまくいくんです。だから、「これをこうしたい」という結論ありきでなく、単純に「めぐらせたい」だけでいいのかもしれない。めぐるべきものがめぐった先には、ちゃんといい形が待っている。そんなふうに考えています。

占部:そうですね。感覚的には、「めぐらせたい」というよりは、「こっちの流れのほうが良さそうだ」と、関係性を見ながら流れを見極めるというほうが近いかもしれません。

太刀川:僕が「大切なものをどうめぐらせていきたいか」という問いに答えるなら、ひとつは「美しくめぐらせたい」。そのものが持っている流れを突き詰めていくと美しい形が生まれるし、そういうものは普遍的なので、商品やシステムとして長生きするんです。

もうひとつは、めちゃくちゃ細かいスケールのめぐりと、めちゃくちゃ大きいスケールのめぐりを、相似形として物事を考えること。そして小さな循環をつくること。根本的にマクロとミクロは似たものだと思っているんです。

たとえばこのオフィスは、以前の入居者の内装が解体されていたときの廃材からデザインしているんです。廃棄したりどこかに運んでリサイクルしたりするよりも、ここでそのまま活用したほうが環境負荷を減らせるでしょう。循環を小さくして、ミニマムにすることって、デザインでいうとディテールを減らす感覚に似ているし、減らすほど綺麗な形になるんです。そうやって小さなところでヒントを捕まえたら、地域全体の建設ゴミのサイクルといった大きな循環にも応用できるかもしれない。

なぜこの考え方を大事にするかというと、「目の前にあるにある小さいアクションが、世界を変えるかもしれない」と信じることにつながるから。この考え方っていいと思いませんか? 無力感がなくなるでしょう。自分にもできることがあると思える。

NOSIGNERオフィスでは、廃材の軽量鉄骨を天井に配置しインテリアとして活用している

占部:部分が全体を象徴する、と。

太刀川:そうそう。部分を極めることは、全体にアプローチできる手段を得られることだと信じているんです。そのために、小さい流れが大事だと思うんですよ。

占部:バタフライエフェクトですね。

太刀川:バタフライエフェクトは偶然起こるものだけど、偶然は狙っている人のところに起こりやすいし、実は蝶も羽ばたくべきタイミングだとわかって羽ばたいているのかもしれない。

占部:「そういう蝶に、私はなりたい」みたいな?

太刀川:そういう蝶に僕もなりたいし、みんながなれるといいですよね。

(対談ここまで)

それぞれが大切にしてきたもの、これからも大切にしつづけたいものに触れていただけたでしょうか。この記事を読んでくださったみなさんも、問いをめぐらせていただけたら嬉しいです。

「あなたがめぐらせたいものはなんですか?」

「それをどうめぐらせていきたいですか?」

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